僕は昔から日本の軍人に興味があります。
中学時代は防衛大学にいくんだろうな、、と
考えていたくらいです。
ところが高校時代にリアルタイムでは
ないけれど、
ジョンレノンと小野洋子の
ラブアンドピースにハマり、
愛と平和かあ、甘いけどいいなあ、
軍人はやーめた!となりました。
そんか僕が、この人はマジスゲー!と
思う日本の軍人がいます。
小野田寛郎元陸軍少尉です。
若い人は全く知らないと思いますが
この人の凄さは規格外でして、
とても同じ人間とは思えません。
これから書くのは、
こんな人が存在し得るんだ!
というお話しです。
小野田寛郎。
彼は大日本帝国陸軍の職業軍人です。
ゲリラや諜報のプロを養成する陸軍中野学校の出身です。
彼が受けた命令は、
フィリピンのルバング島に赴き米軍上陸に備えて持久体制を整えよ、というものでした。
その命令には、たとえ米軍に島を奪われても、
ジャングルに潜伏しあくまで持久し、
日本軍が再上陸するまで米軍を撹乱せよ。
という意味も含まれました。
そして、やがて日本は無条件降伏しますが
ジャングルに潜む小野田少尉に上官からの戦闘停止命令はついに届きませんでした。
ここからが凄いのですが、
彼はそれから30年の長きに渡り、
フィリピン軍と交戦し続けたのです。
その間、日本はアメリカに占領統治され、
軍部は消滅し、特需や高度経済成長を迎え、
全く別の価値観の国になりましたが、
そうとは知らない小野田さんは、
一人、ルバング島で戦闘状態にありました。
戦闘では数十人のフィリピン軍人や警察官を殺傷しています。
30年が過ぎた頃、日本人青年に発見されましたが、ここで職業軍人の本領を発揮します。
なんと、
軍人であるから直属上官の命令がない限り、戦闘を終えることはできない、
と言い出したのです。
日本政府は、存命していた当時の上官をルバング島に派遣し、その上官から小野田さんに直接戦闘停止の命令が出されて初めて、小野田さんの30年間のゲリラ戦は終わりました。
当時のフィリピン大統領マルコス氏はフィリピン人殺傷については恩赦を与え、栄誉ある投降式をもってこの元軍人を迎えました。
小野田さんが投降の際、軍刀をフィリピン軍司令官に渡している写真が残っています。
彼の座右の銘は不撓不屈。
軍人の中の軍人と言われています。
ね?とんでもない頑固ものでしょう?
いや、間違えました。もの凄い人でしょう?
そんな彼は帰国後、日本の精神的な変わりように幻滅し、ほどなくブラジルに移住してしまったのでした。。。