天安門事件。中国では六四天安門事件。
民主化を要求する学生たちを
人民解放軍が武力弾圧した事件です。
天安門広場に民主化を求める若者が集まったきっかけは、
国民に人気があった開明的なリーダー、
胡耀邦さんが亡くなったことです。
その追悼集会的な意味合いが強かったのです。
ちなみに胡耀邦は親日派とされてます。
靖国公式参拝した中曽根とも仲が良かった。
中国が天安門事件後、反日に舵を切った要因の一つが胡耀邦が親日派であったことにもあると想像しています。
天安門事件後、江沢民はいきなり、突然、激しく反日教育を始めました。
極悪強姦殺人強盗犯日本を中国大陸から追い出し、
新中国を建設したのが他でもない中国共産党である、
という共産党の血統書作りに邁進したのです。
それまでの党の理論では、
日本人民は中国人同様、
日本軍国主義の犠牲者であるから恨んではいけない。
恨むべきは軍国主義者なのだから
再び軍国主義が日本に台頭しないよう、
両国人民は互いに手を取り合わなければならない、というものでした。
周恩来あたりは明確にそういう考えを国民に発していました。
それが、民主化を要求する自国の若者たちの行動を動乱と決めつけ、党軍隊を使って無差別射殺し、
戦車で轢き殺したあの六四天安門事件後から
急にトーンが変わり、とにもかくにも反日になってしまったのです。
中国共産党の正統性を強調するためには、反日を活用するのが一番コストが安くわかりやすいのです。
かように、六四天安門事件と反日は少なからぬ関係性があるといえます。
日中友好。違憲戦争法案反対。