<前回の続き>
がん診療連携拠点病院に行くと、すぐに翌日からの入院を言い渡された。
とにかく全身の検査をしてくれるらしい。
特に、CT画像で腫れて見える膵臓が怪しい、とのこと。
翌日から入院し、検査の日々が始まった。
ERCPと呼ばれる胃カメラのようなもので、膵臓の組織を取り、生体検査にまわし、
それ以外にも大腸カメラやPETCT、MRIなどなど、2週間かけてありとあらゆる
検査をしてもらった。
肝臓の生体検査もした。
そして出た診断が、膵尾部がん、肝臓に転移があるステージ4で、手術は不可能、
可能な治療は抗がん剤による延命治療のみ、というものだった。
もうすぐ8月になろうとしていて、外は連日35度を超える猛暑日だったが、
私は病室と検査室の往復で、エアコンの風が寒かった。
流石にこの段階まで来ると「自分ががんになるはずがない」などという呑気な妄想は
捨てざるを得なかった。
検査が終わり、退院して自宅に戻ると、すぐに日常生活に戻った。
二人の娘たち、一人は小学校2年生、下の子は保育園の年長との
バタバタとしながらも楽しい生活。
検査入院中に一度、妻が子どもたちを連れて病院に見舞いに来てくれていたため、
子どもながらにパパは病気と戦っている、ということを理解してくれているようだ。
その夜、子供が寝てから妻と話をした。
妻は医療関係の仕事をしている。
なので、私よりも現実を理解している。
ただ、家族ががんになるのは初めての経験だ。
しかも、よりによって膵臓がんだ。
私に残された時間や、今後どうするか、などを話し合った。
そして、冷静な妻が泣いた。
考えてみればこのときまで、私は泣いていなかった。
あまりにも自分が置かれた状況が現実離れして思えて、涙が出なかったのだ。
妻が泣いてくれたおかげで、私も涙が出て、そして二人で泣いて、
少しだけ気持ちが落ち着いた。