こんにちは~
12月に入り今年の出来事を振り返ってみました。
3月13日、主人が前立腺癌の手術をしました。
翌日、老健に入所していた義母がインフルエンザと心不全、肺に水がたまり病院に緊急搬送され、そのまま入院。
私は一つの身体で、県立がんセンターと病院のはしごをして、大変だった
主人の身体もひましに良くなっていっている、3月22日、朝、病院から℡が入り「心臓が止まってしまったので至急来て下さい」
私は心臓のドキドキが止まらなかった。かけつけた時は遅かった。誰にも看取られず逝ってしまった
命のはかなさを痛感した瞬間だった。前日まで憎まれ口を「こんな何も食べさせない病院にいたら、私は殺されてしまう!
私を可哀想だと思ったら、今すぐ退院の手続きをしてきて頂戴!!」
と言っていたのに・・・・
最後まで頭はハッキリしていた。
口癖のように「私は100歳まではがんばるよ!」と言っていたのに・・・
私はその日の記憶があまりない。あまりにもショックだったので頭が真っ白になってしまった。
主人は入院中で、まだ尿の管が付いたままで外出など出来るはずもなく、土曜日で息子夫婦がこれも本当に珍しく、たまたま家に居た(息子夫婦は土曜、日曜はほとんど孫のサッカーの試合があり留守にしている)ので、本当に助かった。
お葬式の手配やら全て息子夫婦が手配してくれた。
90歳で信州より引き取った義母の介護を8年。
私の介護生活が終わった瞬間だった。
義母が亡くなる寸前まで、楽しんでいたビーズ細工の画像を見て頂けたら
嬉しいです。


12月に入り今年の出来事を振り返ってみました。
3月13日、主人が前立腺癌の手術をしました。
翌日、老健に入所していた義母がインフルエンザと心不全、肺に水がたまり病院に緊急搬送され、そのまま入院。
私は一つの身体で、県立がんセンターと病院のはしごをして、大変だった

主人の身体もひましに良くなっていっている、3月22日、朝、病院から℡が入り「心臓が止まってしまったので至急来て下さい」
私は心臓のドキドキが止まらなかった。かけつけた時は遅かった。誰にも看取られず逝ってしまった

命のはかなさを痛感した瞬間だった。前日まで憎まれ口を「こんな何も食べさせない病院にいたら、私は殺されてしまう!
私を可哀想だと思ったら、今すぐ退院の手続きをしてきて頂戴!!」
と言っていたのに・・・・
最後まで頭はハッキリしていた。
口癖のように「私は100歳まではがんばるよ!」と言っていたのに・・・
私はその日の記憶があまりない。あまりにもショックだったので頭が真っ白になってしまった。
主人は入院中で、まだ尿の管が付いたままで外出など出来るはずもなく、土曜日で息子夫婦がこれも本当に珍しく、たまたま家に居た(息子夫婦は土曜、日曜はほとんど孫のサッカーの試合があり留守にしている)ので、本当に助かった。
お葬式の手配やら全て息子夫婦が手配してくれた。
90歳で信州より引き取った義母の介護を8年。
私の介護生活が終わった瞬間だった。
義母が亡くなる寸前まで、楽しんでいたビーズ細工の画像を見て頂けたら
嬉しいです。


