ネタバレなあらすじ
エドマンドの独白から始まる。
医者に見せる金さえケチる父親・ジェイムズ。
売れない役者だけど、熱血漢な長男・ジェイミー。
病気持ちだけど、貪欲(特に酒)な三男・エドマンド。
そして、女優だが、クスリに逃げた過去を持つ母親、メアリー。
(何故か、1幕を観た時点で女優と認識した)
会話から次男(ユージーン)がいたが、病気で死亡。
その原因は長男が風邪をウツしたからだと信じる母親。
そんな状況が説明されるなか、
結核と診断され、死へのカウントダウンが始まる三男。
その一方で、一人にされることを嫌う
母親を置いて、街に行く、男性陣で幕間。
それぞれ過去(理由)が語られる二幕。
母親は修道女を目指していたが、
俳優である父親と出会い結婚。
(ここで、俳優なのは夫で女優じゃないと認識)
父親は当たり役(ガスパール)を得るが、
それ以外出来なくなり、金の亡者に。
そして、アル中に。
夫から相手にされないことで、モルヒネに逃げる妻。
ここで、母親は三男を産んだ事を後悔。
(亡くなった次男の代わりという意味で)
また、父親も安い療養所を三男にあてがう。
ここに、長男登場。
マザコン気味で、三男に嫉妬。
死んだ次男(ユージーン)だけでなく、
三男にも同様の思いを持つ。
父親、母親、長男の三人に共通するのは、三男が邪魔であること。
そんな事実が発覚した時、
二階にいた母親がモルヒネをうち、
修道女時代の記憶で家をさまよう。
それは、母親が一番、幸せの時の
(父親と出会ったとき)状態であった。
そんな家族に別れを告げ、
三男は(療養所に)去っていき、暗転。
麻実@メアリー
母親。
浮き世離れした存在感。
若干、カミ気味だけど、よく通る、説得力のある発声。
狂っているのに、それが普通、
むしろ、狂っているのは周りでは?と思わせる。
しかし、確実に狂っている母親。
で、なぜ、一幕で女優と勘違いしたのだろう。
益岡@ジェイムズ
父親。
ケチ。土地持ち、それのみ。
何故かは1幕ではそれ以上が語られない。
2幕で、こっちが俳優だった事実発覚。
そして、金の亡者になった経緯も。
こんなに聞き取りづらい発声だったっけ?
大変にモゴモゴしている感。
単に、端の位置で観ていたから?
この家庭においての父親の存在感が、若干、希薄。
田中圭@ジェイミー
長男。
熱血漢だが、若干マザコン。
そのため、自分よりも
弟達に母親の目がいくと、嫉妬。
ただ、それは母親に対してだけ働き、
通常では、弟想いの面倒見の良い兄。
普通に、ドラマとか舞台でも観ているが、
中尾明慶氏となんか、印象が被る。
舞台向きな発声では無いが、
感情優先なキャラなので、これはこれで有りか。
満島@エドマンド
三男。
病気持ち。
ちょっと、冒頭の独白を聞き逃したため、
既に死んでおり、過去を振り返っているのか、
それとも、単に、療養所に入るまでの話なのかを確認出来ず。
前回の『ハムレット』は兄役だったが、
やはり弟属性が強い、甘え上手というか。
厭世的な性格なので、それほど棒読み感、無し。
で、この雰囲気の既視感、伊礼彼方氏か。
開演から終幕までの過ぎる時間は一日。
特に、生活が劇的に変わった一日、
ということもなく、変化は三男が入院するくらい。
後は母親がモルヒネを再開し、
通常に戻れなくなった一日なのかも。
父親と長男に関しての変化は見られない。
観て分かる範囲内では。
とにかく、グダグダと話し続けるけど、
それが何かの引き金になるようには感じず。
タイトルは、”ある一日の長い夜”という意味か?
途中で登場する次男の存在とか、
なんかその辺で、もっと裏の意味がありそうだが。
で、Wikipediaで、生い立ちを読み、
自伝的戯曲なのか、と。
舞台転換がない舞台。
そして、出番ない兄弟は舞台に居ることが多い。
しかし、父親と母親は普通に退場する。
この辺にどういう演出意図があるのか、ちょっと気になる。
そして、2月に観た『凶人なおもて~』と
同じ演出家と知り、”家族”の存在感というか、
空気感が似ていたのかも、という後付けも。
以前、ロンドンで上演した時に、
フォロワー様が感想を書いていて、気になっていた舞台。
正確には、津嘉山@ジェイムズの新国立版を
見逃して大変に後悔していた作品なのだが、
氏への脳内変換が大変に難しい。
多分、主人公が父親か母親かで、
演出が変わるのかも知れない。
あ~、栗山演出版を見逃したことを改めて後悔。
エドマンドの独白から始まる。
医者に見せる金さえケチる父親・ジェイムズ。
売れない役者だけど、熱血漢な長男・ジェイミー。
病気持ちだけど、貪欲(特に酒)な三男・エドマンド。
そして、女優だが、クスリに逃げた過去を持つ母親、メアリー。
(何故か、1幕を観た時点で女優と認識した)
会話から次男(ユージーン)がいたが、病気で死亡。
その原因は長男が風邪をウツしたからだと信じる母親。
そんな状況が説明されるなか、
結核と診断され、死へのカウントダウンが始まる三男。
その一方で、一人にされることを嫌う
母親を置いて、街に行く、男性陣で幕間。
それぞれ過去(理由)が語られる二幕。
母親は修道女を目指していたが、
俳優である父親と出会い結婚。
(ここで、俳優なのは夫で女優じゃないと認識)
父親は当たり役(ガスパール)を得るが、
それ以外出来なくなり、金の亡者に。
そして、アル中に。
夫から相手にされないことで、モルヒネに逃げる妻。
ここで、母親は三男を産んだ事を後悔。
(亡くなった次男の代わりという意味で)
また、父親も安い療養所を三男にあてがう。
ここに、長男登場。
マザコン気味で、三男に嫉妬。
死んだ次男(ユージーン)だけでなく、
三男にも同様の思いを持つ。
父親、母親、長男の三人に共通するのは、三男が邪魔であること。
そんな事実が発覚した時、
二階にいた母親がモルヒネをうち、
修道女時代の記憶で家をさまよう。
それは、母親が一番、幸せの時の
(父親と出会ったとき)状態であった。
そんな家族に別れを告げ、
三男は(療養所に)去っていき、暗転。
麻実@メアリー
母親。
浮き世離れした存在感。
若干、カミ気味だけど、よく通る、説得力のある発声。
狂っているのに、それが普通、
むしろ、狂っているのは周りでは?と思わせる。
しかし、確実に狂っている母親。
で、なぜ、一幕で女優と勘違いしたのだろう。
益岡@ジェイムズ
父親。
ケチ。土地持ち、それのみ。
何故かは1幕ではそれ以上が語られない。
2幕で、こっちが俳優だった事実発覚。
そして、金の亡者になった経緯も。
こんなに聞き取りづらい発声だったっけ?
大変にモゴモゴしている感。
単に、端の位置で観ていたから?
この家庭においての父親の存在感が、若干、希薄。
田中圭@ジェイミー
長男。
熱血漢だが、若干マザコン。
そのため、自分よりも
弟達に母親の目がいくと、嫉妬。
ただ、それは母親に対してだけ働き、
通常では、弟想いの面倒見の良い兄。
普通に、ドラマとか舞台でも観ているが、
中尾明慶氏となんか、印象が被る。
舞台向きな発声では無いが、
感情優先なキャラなので、これはこれで有りか。
満島@エドマンド
三男。
病気持ち。
ちょっと、冒頭の独白を聞き逃したため、
既に死んでおり、過去を振り返っているのか、
それとも、単に、療養所に入るまでの話なのかを確認出来ず。
前回の『ハムレット』は兄役だったが、
やはり弟属性が強い、甘え上手というか。
厭世的な性格なので、それほど棒読み感、無し。
で、この雰囲気の既視感、伊礼彼方氏か。
開演から終幕までの過ぎる時間は一日。
特に、生活が劇的に変わった一日、
ということもなく、変化は三男が入院するくらい。
後は母親がモルヒネを再開し、
通常に戻れなくなった一日なのかも。
父親と長男に関しての変化は見られない。
観て分かる範囲内では。
とにかく、グダグダと話し続けるけど、
それが何かの引き金になるようには感じず。
タイトルは、”ある一日の長い夜”という意味か?
途中で登場する次男の存在とか、
なんかその辺で、もっと裏の意味がありそうだが。
で、Wikipediaで、生い立ちを読み、
自伝的戯曲なのか、と。
舞台転換がない舞台。
そして、出番ない兄弟は舞台に居ることが多い。
しかし、父親と母親は普通に退場する。
この辺にどういう演出意図があるのか、ちょっと気になる。
そして、2月に観た『凶人なおもて~』と
同じ演出家と知り、”家族”の存在感というか、
空気感が似ていたのかも、という後付けも。
以前、ロンドンで上演した時に、
フォロワー様が感想を書いていて、気になっていた舞台。
正確には、津嘉山@ジェイムズの新国立版を
見逃して大変に後悔していた作品なのだが、
氏への脳内変換が大変に難しい。
多分、主人公が父親か母親かで、
演出が変わるのかも知れない。
あ~、栗山演出版を見逃したことを改めて後悔。