(承前)
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ラスト、クリーチャーの台詞は

『あなたの創造を殺しなさい』

で、自身を"創造"と訳す。



BC@クリーチャー

常に震える。
誕生シーンでは腕の力で動き廻り、立ち上がり、歩くものの、倒れる。無駄に走り回らない。
それからの吸収率が著しい。
草は食べるモノ認識は無く、雨は感じている。自然を謳歌。

盲人の教えも、常に震え、落ち着かないながらも、吸収。
盲人の息子夫婦への怒りの表現は、こみ上げるよりは、当然の如くといった趣。

博士と再会する頃には、発する言葉もスムーズに。

ただ、登場・退場が派手というか、身軽というか、忍者ですか?という、スムーズさ。

エリザベスに対しても、ジェントルマンというか、会話が成立しそうな雰囲気。
それゆえに、あの豹変というか、博士に嘘をつかれた事が、悪い意味で、吸収。

ただ、幾ら吸収し、成長しようとも、孤独を埋める事は出来ず、ラストは博士(同士?)を求める。

そして、心中というカタチで、あのラストの台詞へ。



JLM@博士

ファーストシーンは、兎に角、クリーチャーの存在に驚く。
それから、エリザベス、父親、クリーチャーと対峙していくが、ある一定のテンションをキープし、常に怒っている。

これは、エリザベスを殺された後も、変わらず、若干、クリーチャーを演じている時の差異がそれほど感じられない。


というわけで、両ver視聴。

組み合わせとしては、前半ペアの方があっているが、BC氏のクリーチャー演技も捨てがたい。
というか、ファンならクリーチャー役を観た方が見応えがあるかも。


結構、Twitterでの感想を読んでいると、比較感想が上がっているので、ほ~、と思ったが、その中でも、JLM@クリーチャーが赤子からの成長に対し、BC@クリーチャーが、生者の勘を取り戻すという認識。

そう考えると、BC@クリーチャーの成長は吸収でなく、昔の記憶の再生と言えなくもない。


逆に博士に関しては、それほどの違いは感じられず、単純にクリーチャーとの比較としての存在感が強い。