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 先日ドライブの帰りに寄った温泉宿の中に、長蛇の列ができる人気のカレー屋が入っていた。インド人もしくはネパール人のような風貌の、外国人スタッフのみで切り盛りする本格的なナンカレーの店だ。宿の入り口左手に厨房がガラス張りになっていて、中の様子が見える。この情報を知らずに、ただ温泉に入りたくて訪れた人は恐らく「温泉宿にカレー屋て」と思うだろう。私はカレー屋目当てに寄ったけど、思った。カレー推しがすごかったので、同じ厨房の反対側で日本人が作る十割そばの存在感は薄れていた。

 食券を購入する際にフロント内の壁を見上げると、芸能人や著名人のサインが得意げにずらりと並んでいて、なぜか一番最初に目に入ったのは『ぴったんこカンカン』で訪れたらしい安住アナウンサーのサインだった。サインというか、誰の名前かを判別しやすい著名のようなもので、私は好感を持った。安住さんの文字はしっかりとしていて、きれいだった。

 厨房に立つインド人もしくはネパール人の男性達は、白いパン生地のようなナン生地を捏ねて、丸めて、高さの長い二等辺三角形みたいな形に伸ばして、巨大な花瓶のような釜の内側にぴたぴたと貼って焼いていた。焼きあがったナンに刷毛で何かの油をさっと塗り、まとめてカウンターへ運ぶ作業。厨房スタッフ同士は、何語か判別のつかない言語で会話していた。これは目の前で「この日本人相当ひもじいんだな、さっきからナンばっかり見つめてるぜ」というような悪口を言われ、この店の常連になった場合に店員達の間で「ナン」というあだ名がつけられたとしても、私は一切気付かない。ナンっていうあだ名かわいいな、インドの母国語はヒンズー語だっけ?などとぼんやり考えながら、私は実演販売的なパフォーマンスにとても弱いので、カレーを待っている間は興味深く厨房の中を眺めていた。

 店内はお昼時を過ぎているのに相当な混雑だったので、暫く待った。ナンを貪る日本人の群れ。私は気長な性格なので、長時間待つことはあまり苦じゃない。我ながら観察していて面白いものを見つける才能、否、普通の事を面白いと感じる才能は人より秀でているような気がする。話しながら厨房や周りの客を眺めていると、カウンター内から「27番さー!」と呼ばれた。「27番さん」なのか、「27番様」か、「27番さ」なのかは判らなかった。 

 私は中辛のチキンなんとかカレーとナンを食べ、スパイシーなチャイを飲んだ。美味しかった。聞きなれないメニューの名前を覚えるのは苦手だ。

 帰り際宿の入り口で靴を履いていると、誰かの視線を感じた。ふと顔を上げると、先ほど感じた視線の先と目が合って少しどきりとした。ガラス越しにネパール人のような風貌の青年が私をじっと見つめて、びっくりするほど優しい微笑を浮かべていたからだ。日本人では他人にそんな笑顔を浮かべるなど、あり得ない種類の表情だ。こちらも釣られるように自然と口角が持ち上がり、手を振ってみると、彼は両手がナン生地で塞がっていたので、答えるようにゆっくり瞬きしながら笑顔で頷いてくれた。あまりに慈しむような表情だったので、少し気恥ずかしく感じながら私はその場を立ち去った。ネパール人はなんという優しい笑顔を、見ず知らずの他人に向けるのだろう。日頃誰も自分の事なんか見てないだろうと思っているのに、意外な人から注視されていた、というのはネット上でもよくある事だ。気をつけなければ。

 それにしても美味しいものを食べると、あと3日くらいは何も食べなくて良いから、今食べたもののエネルギーだけで生きたいと思ってしまう。この日は夕食にお寿司も食べたので、より強くそう思った。うに一貫か炙りエンガワ一貫、もしくはHARIBOのベアグミ一袋で3日間生きたい。

 ベアグミを親指と人差し指で挟んで潰すと、丸い腕の部分が寄せられて胸っぽくなるので、それを見せて「巨乳!」と言ってみた時に咄嗟に笑ってくれる人とは友達になれる。


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