Xのポストで非常に面白い論考があった。
なぜ日本人女性はハイスペで美人でも結婚できないのか。
この理由は、もう政府も含めて研究されているらしい。それは、女性が高望みをするからだと。(私は当事者ではないので、この問についての真偽はわからない)
曰く、マッチングアプリには高収入・高学歴のスペック男子がずらりと並んでいて、その経歴の真偽は別として、自分にも彼らに届く可能性があるのではという幻想を女性に抱かせる。しかし、実際に彼らは結婚を望んでいなかったり、望んでいたとしても何人もを同時に選択肢として控えさせることができる。
チャングムの誓いみたいな世界である。宮廷女官が王を巡って様々な妬みや計略を巡らせる。
おまけに、これらのスペック男子と結婚して生活を謳歌している同世代の友人の写真がインスタに溢れかえる。だから自分にも可能性があるのではないかと望みを抱いてしまう。
SNSは自分とは違う人間の生活を垣間見て、自分とは違う人間の集まりだと認識する排他的側面を持つが、未だ同心円の中で発信される物語には自分と近しい部分を感じるという共鳴性も持っているようである。
故に、東京にいる女性ほど、同心円から発せられるキラキラ感を信じて、就職浪人ならぬ「結婚浪人」をするのである。
だから、自分の結婚に対する憧れの期限を決めて、恋愛と結婚の活動をどこかで切り分けよ。
(私は当事者ではないけれど)確かに。説得力がある。
男側の理屈で言うけれど、十分に良い収入を得ている男性は伴侶を持つ必要がないのである。伴侶を持てばルールが変わり、ルールが変われば人生の確度が変わるからだ。
あえて言えば逆の関係だってあり得るので、男女の固定はするつもりは一切ない。
ただ、出生率という意味では高収入を求める幻想があるべき社会の全体最適を歪めていることは間違い無いだろう。
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私が面白いと思ったのは、女性の行動特性という意味ではなくて、社会の流れが少子化を助長しているという部分である。
SNSを代表するツールは、個人を発信し、アピールするための代表的なツールである。AIもその流れだが、社会は個々人の多様性を認めるための仕組みを作り上げている。しかし、人間の多様な側面は自分から近い同心円という重力に引っ張られ、完全に自由な表現をすることはしづらい。(実名であり、実績をアピールする場である以上。)
これはもう少し広い影響圏との関係においてはエコーチェンバーとも呼ばれ、自分の興味関心に沿って自分の周りの世界や価値観が構成されてしまうことを意味する。
ここで大事なことは、個々人の最適だと考える行動の全体統制を取ることが極めて難しくなっているということだ。
別の例で考えると、会社において、個々人がキャリアの最適化を考えて行動する結果、微々たる人間関係の機微に敏感になり、結果として会社は従業員マネジメントに躍起にならなければならなくなることとよく似ている。顧客・地域社会・従業員・株主など、ありとあらゆるステークホルダーに平等に配慮して三方よしを理想としなければ存在することが認められない。そんな会社の宿命がある。(こんな時代には却って株主のみをステークホルダーとしているスモールな組織が成功しやすい、がそれは別の話)
ハイスペ女子・男子も個々人で好きに動いているわけで、誰も意図的にシステムを壊したいわけではない。ただ実際にはそれが起きてしまう。このような状況を合成の誤謬と呼ぶ。
これらの合成の誤謬を乗り越えるためには、プラットフォーム側からの仕組みの改変が一番である。それは結婚しないとインセンティブが得られない仕組みだったりとか、関係性の同心円をSNSの外部で再構成するようにするなど。
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ここまで見てきてもわかるが、自由な個人主義(個人恋愛・キャリア選択)が行き過ぎることによる市場の失敗を私たちは目の当たりにしているわけで、非常に興味深い時代に生きていると思うわけである。
もちろん政府などのルールメーカーがどれだけドラスティックにそれぞれの物語に介入できるかがこれから見ものである。ただそれ以上に、渦中にいる個人がこの市場の失敗に意識的になる必要があって、この状況を踏まえて次に行動する時にはどんな選択がありうるかを考えることが人間や社会にとっての成熟であろうと思うわけである。