深夜、仕事帰りに住宅街を

歩いていた。人通りはなく、

街灯だけがぼんやりと道を

照らしている。ふと、背後で

「クス…クス…」と笑い声が

した。子どもではない。

大人の、低く湿った笑い声。

振り返ると、道の奥に

“ピエロ”が立っていた。

白い顔。 赤い口。だが、

笑っていない。口が裂けた

ように、だらりと垂れている。

 

ピエロは、ゆっくりと首を

傾けた。そして、歩き出した。

こちらへ向かって。私は

逃げた。 住宅街を抜け、

商店街へ走る。だが、

背後の足音は一定の

リズムでついてくる。

「カツ…カツ…カツ…」

 

振り返ると、ピエロは

走っていない。歩いて

いるだけなのに、距離が

縮まっている。私は息を

切らしながら公園に逃げ

込んだ。ブランコが風も

ないのに揺れている。

街灯の下に影が伸びている。

その影が、ゆっくりと形を

持ち始めた。ピエロの影だ。

だが、影のほうが本体より

先に動いている。

 

影がブランコの前で止まり、

こちらを向いた。その瞬間、

背後で声がした。

「遅いよ」

振り返ると、ピエロがすぐ

後ろに立っていた。赤い口が

耳まで裂けるように開いて

いる。笑っているのでは

ない。“見せている”のだ。

 

私は再び逃げた。公園を出て、

細い路地に入る。だが、

路地の奥で何かが動いた。

ピエロが、壁に貼りついて

いた。 蜘蛛のように四つん

這いで。 顔だけがこちらを

向いている。

「みつけた」

声は低く、湿っていた。

人間の声ではない。

 

私は後ずさった。その瞬間、

背後の路地の入口にも

ピエロが立っていた。

二人ではない。三人でもない。

数えきれないほどのピエロが、

路地の両側からこちらを

見ている。全員、同じ白い顔。

同じ赤い口。同じ裂けた笑み。

 

私は叫びながら走った。

どこへ逃げても、曲がり角の

先にピエロがいる。電柱の上。

マンションの屋上。道路の真ん中。

どこに逃げても、必ずそこにいる。

 

最後に自宅の前まで戻った。

鍵を震える手で開けようと

した瞬間、玄関の向こうで

ノックがした。

「コン…コン…」

私は固まった。 覗き穴を覗くと、

白い顔がぴたりと貼りついて

いた。 赤い口がゆっくりと開いた。

「つぎは、あなたの番」

玄関のドアが、ゆっくりと

内側に押された。