学生時代に私は高槻にあった

個人の塾でアルバイトを

していた。塾長のおばあさん

は給料を払わない悪い人

だったが、生徒達は良い子

ばかりだったので、私はこの

塾でのアルバイトを楽しんで

いた。

 

この塾にM君という生徒が

入塾してきた。塾長が私に

「M君は自閉症だから、

先生との相性が悪ければ

授業ができないかも知れない」

と言ってきた。

 

私はM君からすぐに懐いて

もらえた。私もM君に勉強を

教えるのが楽しかった。

 

M君は自閉症を抱えている

ので、塾の他の先生と

言葉を交わすまでに、

半年ぐらいかかっていた。

 

一方で、M君は私のことを

あれこれ聞いてきた。住所や

通っている大学や私の食べ物

の好き嫌いまで。私がお肉を

食べれないことを、M君は

面白がっていた。

 

私には母親がいないので、

学生時代に私はよく食堂で

食べたり、お弁当を買ったり

していた。この塾の近くに

安くて美味しい弁当屋さん

があることは知っていたので、

私は塾のアルバイトがある日

にはこの弁当屋さんでお弁当を

買うことにしていた。

 

この弁当屋さんが面白い。

店員さんは30代後半ぐらい

のパートの女性で、感じの

良い人だった。私がこの

お店でお弁当を買う度に、

この店員の女性と話すように

なった。

 

お弁当に異変あり。私が

「のり弁当」を買うと、

なぜか中にから揚げまで

入っていた。これは

「のりデラックス弁当」

なのではないか?あの店員の

女性が私の注文を聞き間違え

たのだろうか・・?

 

次に私は同じ弁当屋さんで

「しゃけ弁当」を買った。

中を開けると、またから揚げ

が入っていて、これは

「しゃけデラックス弁当」

だとわかった。やはり

店員さんが中身を間違えた

のかも知れない。

 

次に試しに「焼きそば弁当」を

買ってみると、中にまたから揚げ

が入っていて、これは

「焼きそばデラックス弁当」

だとわかった。ここで確信する。

あの弁当屋さんの女性が、

何らかの意図を持って私の

お弁当にから揚げを入れて

いることを。

 

次にこの弁当屋さんに行って、

またのり弁当を注文した時に、

いつもの感じの良い女性店員

さんに、私はソッと「あの・・

いつもから揚げが入っている

んですけど・・」と言って

みた。

 

すると女性は、「お肉も食べた

方が良いと思って。好き嫌いは

良くないよ、先生」と言った。

確かに今、この女性は

私のことを「先生」と呼んだ。

なぜ・・!?

 

何とこの女性は、塾の生徒の

M君のお母さんだった。M君が

私の肉嫌いをお母さんに伝えて、

お母さんが私の健康に気を遣って

下さって、毎回お弁当にから揚げ

を入れて下さっていたのだった。

 M君が私のことをお母さんに

よく話していたそうで、私は

弁当屋さんの女性がM君の

お母さんだとは知らなかったのに、

彼女は私のことを「息子に

勉強を教えている人」だと

認識していたのだった。


M君のお母さんは、私にお肉を

食べて欲しいとのことだった。

それまで私はお弁当のお肉を

息を止めて食べていたのだが、

M君のお母さんからの配慮を

知ってからは、から揚げを

味わって食べることにした。

人の想いが込められている

食べ物は、きっと美味しいに

違いないからだ。実際に、

この弁当屋さんのから揚げは

味付けが良くて美味しかった。


私が塾でM君を教え続けた後、

M君は入試で志望校の高校に

合格した。お母さんが喜んで、

後日塾までお弁当を沢山持って

来て下さった。M君は過去に、

他の塾の先生との相性が合わず、

他の塾を(2回しか行かずに)

辞めたことがある。それだけに、

M君が志望校に合格したことが

お母さんにとってもかなり

嬉しかったようだ。講師だった

私にとっても最高の瞬間。


私の分のお弁当には、やっぱり

から揚げが入っていて、その日の

栄養バランスを考えながら、私は

M君とお母さんに感謝したのだった。