自分が20代だった頃、東証一部上場企業の

会長さんのお孫さんの家庭教師をしていた。

 

そのお孫さんは発達障がいを大きく4つも

抱えていて、特にLD(学習障がい)の要素が

強かったので、私がそのお孫さんのS君に

勉強を教えても、彼の学力がなかなか

上がらず、その度に会長さんからお叱りの

電話がかかってきて怒鳴られていたので、

かなり大変な仕事だった。

 

他の家庭教師は1~3週間で辞めて行った

と聞いていた。それも納得できるほど

私は理不尽に会長さんから怒鳴られていた。

 

私がS君の家庭教師を5ヶ月ぐらい続けた

頃には、私はS君の学習指導以外に

S君の身の回りの世話や雑用など、

いろんな仕事を押し付けられるように

なっていた。

 

そんなある日。企業の会長さんの

娘さん(:つまりS君のお母さん)

から私に電話がかかってきて、

「重い荷物を運んで欲しい」と

言われた。S君の家庭教師として

雇用されている私にとって、

重い荷物を運ぶという業務は

仕事外の業務に当たるが、私は

その任務を引き受けることにした。

 

何が入っているかわからない

重いアタッシュケース2つを運びながら、

私は「そろそろこの家庭教師を

辞めたいな」と思っていた。

そして、このアタッシュケース2つは、

ちょうど自分が家で買っている

10kgのお米の2袋分ぐらいの重さ

だと思った。

 

そしてS君のお母さんと共に歩いて

行くと、不動産屋さんに到着した。

S君のお母さんがアタッシュケース2つを

開けると、そこには札束が入っていた。

合計2億円分の札束だった。S君の

お母さんは、現金でマンションを購入

したのだった。私は自分が運んできた

2億円を見て、「自分が懸命に働いても

これだけ沢山のお金に触れることは

もうないのだろうな」と思った。

 

重い2億円を、もう少し丁寧に運んだ

方が良かったかなと思ったりもした。

今でもこの2億円の重さを思い出すことが

ある。質量的な重さだけでなく、

いろんな意味で重い2億円だった。

 

この家庭教師の仕事を辞めたのは、

その約1ヶ月後のことだった。あの

お金を運ぶことは、やはり私の業務とは

言えない気がするが、それでも貴重な

体験をさせて頂いたことに感謝している。