私の学生時代に、うちの学科にドイツの
ハンブルク大学から国費留学生がやって来た。
ここでは彼の名前を「Z君」とする。
Z君は基本は真面目な人である。私とすぐに
仲良くなった。でも、彼と行動を共にするに
連れて、Z君がかなり変わった人だということも
わかってきた。
Z君は日本の漫画のオタクである。私が知らないような
日本の漫画を、ドイツで読んでいたこともあった。
そんなドイツ人のZ君が最もよく読んでいた日本の漫画が
『ジョジョの奇妙な冒険』だった。
私も幼少期からジョジョをよく読んできた。私が
一番好きなのは第3部で、ここで初めて「スタンド」が
登場する。主人公の空条承太郎がとにかく強くて、
私はむしろDIO様のことを心配していたほどだった。
第3部の終盤で、承太郎の「オラオラオラ!」と
DIO様の「無駄無駄無駄!」が初めて交錯した時には、
両者がカッコ良過ぎて鳥肌が立ったのを覚えている。
私とドイツ人のZ君は、よくジョジョの話をした。
そしてある時・・Z君が当時の京大の事務員の男性の
説明不足によって、書類の発行を待って長時間
待たされた挙句に、その書類を発行してもらえなかった
ことがあった。Z君は明らかに怒っていた。その時に
Z君がこう呟いた。
「(あの事務員の男性を)オラオラしたい」。
そう、Z君は限られたレパートリーの日本語しか
まだ使えなかったので、漫画の言葉を実生活で
使用することが多く、腹が立った相手に対して
「あいつをオラオラしたい」と言うようになった
のだった。
Z君はまた、酒に酔うとジョジョの第2部に
出て来たシュトロハイムというキャラの物真似を
して、「ナチスの科学力は世界一ぃぃぃぃぃ!」と
言うようになった。これはマズい。私はZ君に、
「ドイツ人の君がシュトロハイムの真似をすると
シャレにならないから、シュトロハイムの真似
だけは止めておこう」とお願いした。
ある時、夜遅くにZ君が私の自宅に電話をしてきた。
私が出て「こんな遅い時間にどうしたんだい?」と
聞くと、Z君はこう言った。「シャウエッセンって
何?こんな食べ物はドイツにないよ!?」。Z君は
怒っているようだった。そしてこう続けた。
「シャウエッセンを考案した人をオラオラしたい」。
時は流れて、2年ほど前だろうか、私がTVで見ていた
日本のニュース番組で、ドイツのメルケル首相が
会見する場面が放送された時に、メルケル首相のそばに
あのZ君の姿があった。彼のことが凄く懐かしくなった。
彼は今でも、ドイツで誰かをオラオラしようと思って
いるのだろうか?
そして先日。学生時代の恩師の御力添えもあって、
私は久しぶりにZ君に連絡することができた。Z君も
私のことを覚えてくれていた。Z君は2021年頃まで
メルケル首相の元で働き、今はなぜかマスコミで
勤務しているとのことだった。そしてZ君から、急な
お願いをされた。「日本の『ドラゴンヘッド』という
漫画をドイツに送って欲しい」とのことだった。
やっぱりZ君は変わっている。
私は日本の古本屋さんで『ドラゴンヘッド』を
探して、全10巻をセットで安く購入して、ドイツの
Z君の住所に送った。後でZ君からドラゴンヘッドの
ラストについて、解釈を求められたが、私個人はこの
ドラゴンヘッドのラストは打ち切りだったのでは?と
考えているので、言葉を濁すことにした。
久しぶりに電話でZ君と話していると、私は懐かしく
なってきた。私はZ君に、こう質問してみた。
「Z君、最近腹が立った人はいる?」。
Z君はすぐに「もちろんいるよ」と答えた。
私は続けて質問した。
「Z君、そんな時には相手をどうしたい?」。
Z君は即答した。
「あいつをオラオラしたい」。
昔のままのZ君が受話器の向こうにいた。