東日本大震災から6日

北海道は道南の方を除き

何ら変わりのない生活を送っております。


ガソリンの制限があったりなかったり

スーパーやコンビニから食糧等が少なくなった事以外は

ほんと変わりのない生活です。

パチ稼働も毎日してるしねヾ(@°▽°@)ノ

自分で決めた

「勝ち金半分募金」

※勝ち金の半分をコンビニやSNS等で募金する。

も欠かしておりません。

ただ・・・

万を超える勝ちに恵まれてないのが

悲しい所(´・ω・`)

それでも何とか勝ち続けて

少しでも被災者の方に届いてくれればと切に願うばかり。


日々垂れ流されるニュースやネットからの情報は

震災地域や原発の状況の事から

政治家や東電への批判記事へと変わりだし

お涙頂戴記事なんかも出だして

ちょっと飽きて参りました(ぇ


フ○テレビの木村さんが仰ってましたが

言いたい事は一杯あっても

今はそんな時じゃないと。

マスコミは今は何を伝えなきゃならないのか

考えて報道しろと。

その為ならいくらでも協力すると。

あなたがそんな事言っちゃって良いのか?∑(゚Д゚)

と思いましたが

そういう考えを持つマスコミの方も多いんじゃないか

とちょっと感心しちゃいました。


と言うことで

私も言いたい事をグッと堪えて

こんな記事を転載

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MSN産経ニュースより

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110317/dst11031711000028-n1.htm


15年間の引きこもり男性

自宅流出も避難せず奇跡の生還


岩手県野田村の海岸線近くに住む無職男性(48)は
約15年間外出せず、引きこもっていた。
自宅ごと流され、一時は死を覚悟したが
奇跡的に生還、「幸運だった」と語った。
 男性は母親(72)と2人暮らし。
勤めていた東京の会社が約15年前に倒産。
故郷に戻り、引きこもるようになった。
「避難はおっくうだった」と男性。
11日の激しい揺れの直後、「逃げなきゃだめだ」と
何度も訴える母親の言葉を聞き入れなかった。
母親だけが避難した直後、
ドンという音とともに、自宅は流された。
部屋の壁が崩れ、天井が落ちてきた。
あっという間に胸まで水に漬かり、
屋根の梁に手を伸ばし必死に抱え込んだ。
わずかな空間で呼吸し、屋根ごと1キロ近く流された。
 だが間もなく屋根は真っ二つに割れ、濁流の中に。
ようやくビニールハウスの骨組みをつかみ、波に耐え続けた。
どこにいるか分からなかったが、
寒さに震えながら高台へ歩き、
隣の久慈市の避難所に着き、母親と再会した。

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(;^ω^)・・・・・

さて・・・久々にコメ欄解放でもするか(ぇ


昨日あたりから全国的に寒くなってます。

私の住む地域でも

夜-5℃ほどになっておりました。

被災地もマイナス気温の地区もあるかと思います。

寒さは体調の悪化を招き

また凍死等の最悪の事態も想定されます。

カイロや毛布

暖かい衣類等の支給もされてる事と思いますが

体力が低下してる状態では

それでもきついです。


一日でも早く暖がとれる状態になれることを祈り

一人でも多くの人が不安から解放される事を

願っております。


頑張れ日本

超頑張れ日本人ヽ(`Д´)ノ