私はがんばった。
俺は多量のもやもやと少しだけ得るものがあった。
がんばってこんなの作った。
みんなのためにがんばってこんなの作った。
だから感想をください。
ねえ、感想を下さい。
感想をくれないなら反応をください。
反応してください。
反応をしてください。
ねえ、なんで反応しないの?
反応してください。
反応ぐらいしてください。
敬意をもってください。
がんばってこれを作った私に敬意をもってください。
みんなのためにがんばってこれを作ったから私に敬意をもって反応を示してください。
「それ、まだ完成形じゃないよ?」
……。
完成形でなくても反応ぐらいしてください。
あなたにとって完成形でなくても私にとっては完成形なので私に敬意をもって反応してください。
私に反応してください。
私に敬意を払ってください。
私に敬意を払わないのならこの作品を取り下げます。
「すみませんでした。」
……。
謝ってもらってももうゆるしません。
私は怒っています。
私に敬意を払ってください。
私に敬意を払えよ。
私に敬意を払え。
「なら辞めます」
……。
なら私も辞めます。
……そして誰もいなくなった。
そこは何も生み出さなかった。
ただ。
なんだかスターウォーズみたいになってしまった今回のブログ群(笑)
自分の中に入り込んで入り込んで、もっともっと入り込んで。未だ落ち着かないこのモヤモヤの理由を徹底的に探す。
……今回の目的は「なんかすごいものを作ること」。
感想はいらない。すごかった、面白かったとお客さんをポカーンとさせるのが目的。
俺が事故れば芝居が止まる。しかもアクセル全開の首都高、バイク、メットなしという状況。これを完遂する。
見に来てくれた現役の役者だけが「よくやりますね。いやー。」と首を捻った。うん、大正解。
知人のディレクターからは「あなたが一番面白かった」と言われた。これも正解。よかった。
かなり前に演出を受けたこともある現会社の上司からはニコニコと「面白かったよ」と一言。怖い。思うところ色々あるのだろう。でも多分これも正解。
なんだ、達成できてるじゃん。
それでも収まらないこの胸のモヤモヤはなんだと、自分の中に潜り込んでいけば出た答えは一つ。
演出家だ。
彼とは二十年近い付き合いになる。会った時、僕のはまだ10代。僕は役者。彼は演出家。駆け出しのペーペーに彼が与えた役は「息子のいる父親」。しかも「息子が大きくなり、結婚し、息子の嫁が先に死ぬ」ところまでを演じる芝居。
あ、今考えればこの時点で地雷だ(笑)
その後「プロの芝居だ!」と劇団に誘われ、一回だけ公演に参加。その後は5〜10年に一度、誘われて出て今回で……何回目?のような感じ。
思えばはじめから彼は「役者」でしかなく、「演出家」ではなかった。優れた「部分」ではあったかもしれないが、決して「全体」ではなかった。
そして二十年。
時間を紡いだ彼は、やはり貴腐ワインのような「部分」にはなれたかもしれないが、「全体」としては腐った葡萄畑だった。少なくとも、僕にとっては。
稽古中に演者の芝居を見ずスマホをいじり、通しばかりやらせて、ほとんど何も言わずに帰る。部分稽古は役者任せ。情報共有には鈍く、こっちが言ったことは覚えてないし、向こうからの情報もギリギリだ。若い女に甘く、それが稽古時間を削ってることにも気付かない。こちらが出したアイディアを一月後に突然却下にする。芝居全体の方向性を決めない、てかこっちから聞かない限り何も決まらない。最初の話と全然違う分量の稽古。役者には感謝せず、スタッフばかりに感謝する。舞台に入ってからのがダメ出しが多い。「舞台に入ってお客さんが入って良くなったね」じゃないよ。そのお客さんの役割と舞台のサイズ感を教えるのがあなたの仕事だろうがよ。ちなみに「俺が勝手に良くなった」だけだから。てめえの手柄みたいに言うな。
嗚呼、腹が立つ。腹が立つ。
しかして、僕は、
そんな彼に、認めて欲しかったのだと思う。
二十年前、僕を見つけてくれて、拾い上げてくれた彼に。二十年経ってここまで出来るようになったのだと。見てほしかったのだと思う。
しかし、彼は打ち上げで僕の名前を挙げて「やり過ぎだ」と言った。
僕が挨拶で「舞台は十年単位でお休みします」と言ったのに「また人が足りなかったら出てくれよ」と言った。
話すら聞いていなかった……。
……これ以上相手のせいにするのはやめる。うちはうち。よそはよそ。誰かが認めてくれなくても自分で自分を認める生き方を。
輝く太陽も眩しすぎれば、目をそらしたくなる。
賛美も拍手も嫉妬も無視も、全てが勲章なのだ。
……などとナルシシスティックに盛り上げて今回の「最後の舞台」の結びとする。
これから?
決まってる。誰にも文句を言わせない、圧倒的な表現を求め続ける。自分の中のイデアを形に出来るように。
ケの日に混沌を、ハレの日に平静を持ち込む。
死に生を、生に死を見出す。
そういう生き方しか出来ない。
それでは、狂気を日常のオブラートで包んで、今日も出社。
いってきます。