幸せになる方法6 ~ side キョーコ ~
熱のこもった視線を絡ませあいながら、言われた言葉を頭の中で反芻する。
『きっと、一生いじめると思うけれど』
それは、一生かまって相手をしてくれるということ?
それとも、一生遊ばれる存在ということ?
『それでも、君の傍にいたい』
いじめられて逃げる私を捕まえていてくれるということ?
こんなひねくれた私の傍にいようとしてくれるということ?
『だから、俺と一生、一緒にいて』
どうして、そんな切なそうな目で懇願するように言うの?
そのくせ、断らせないような言葉の意味はどう捉えればいい?
「…………………」
「…………………」
戸惑いながらも視線を絡ませて、その言葉の意味の答えを見つけようとするけど、どうしても自分の都合のいい答えがよぎってしまって正常に頭が働かない。
「…………………」
言葉だけでは伝わらないものを感じ取ろうとするかのように、心の声を聴こうとするかのように。
ただただ、見つめあって…。
どのくらいの間、そうして互いに沈黙したまま過ごしたのだろう。
まるで、そうするのが自然なことのように絡み合っていた視線が外れると、私の背に回されていた敦賀さんの腕に再び引き寄せられて少しだけ抱擁が強められた。
言葉と、視線と、抱擁と。
敦賀さんの思いが、あふれて流れてくる。
……伝わる、だろうか。
私の思いも、あなたから流れてくるものと、同じだと。
それでも、やっぱり少し自信がなくて、そっと、敦賀さんの腰に腕を回してみた。
「………うん。うん、ありがとう………」
ちゃんと、伝わった。
ありがとう、って言わなきゃいけないのは私なのに、感極まって言葉が何も出てこない。
敦賀さんの言葉がかすかに震えているように感じるのは、喜びに打ち震える自分のせいなのか、それとも敦賀さん自身の震えなのかわからない。けれど、今は言葉にならない思いが届いてくれてさえいれば、それでいい。
「好きだよ、君が。…大好きだ」
夢じゃ、ないだろうか。
この抱きしめてくれている力強い腕も。
切なく、それでいて熱のこもる視線も。
激しく打ち続ける鼓動も、耳に流れてくるこの真摯な言葉も。
あまりに幸せすぎて、不安になりかける私を見透かすように、そして逃すまいとするかのように言葉が再びかぶせられた。
「好きだよ、最上さん」
もう、だめ。
心を壊されることのないように、いくつも作ってきた逃げ道は全て塞がれてしまった。絡めとられたこの心は、もう誤魔化すこともできない。
「愛している………」
………限界。
悪魔にささやかれた呪文のように、耳元にその言葉が届くや否や、足の力が、ふぅっと抜けてしまった。
「おっと……」
「ス、ススス、スミマセン………」
抱き留めてもらわなければ、その場に頽れていただろう。
支えてくれる腕に縋りつくことしかできず、全身がいまだにプルプルと震えてしまう。
「大丈夫………?」
急に脱力した私を不審に思っただろうか。でもどちらかといえば心配してくれているように思える。なのに…返せた返事ときたら。
「ヒャッ………ヒャイ…………」
「……………………」
縋りつきながら、全身に冷や汗が流れる。
変な返事しかできないうえに、自分で立ってることもできないなんて、何、なんでこうなるの?
「…………………」
ほら、敦賀さんも呆れちゃってさっきから無言になっちゃってるじゃない!早く、はやく足に力入れなきゃ!
「最上さん……」
「ヒッヒェッ!!」
耳元で再び敦賀さんの声がする。熱っぽいその声だけでどうにかなってしまいそうなのに、フッ、と吐息が吹きかけられ、少し持ち直したかと思った足だけでなく、軟体動物になってしまったかのように全身の力が抜ける。最早、敦賀さんの腕にすがっていられること自体が奇跡。
「キョーコ………」
「ぅあっ!もっ、や、やめて……っ!!」
私のこの状態に気づいてないわけないのに、追い打ちのように耳元で名前を呼ぶなんて…。たまらず拒絶の言葉を口にしてしまってから、はた、と気が付いた。
最初は心配げに聞こえた声が、名前を耳元で呼び出した辺りから、どことなく楽しげなのだ。
ま、まさか、これってさっき言ってた…『きっと、一生いじめると思うけど』 ってやつを実践中!?
「かわいい、キョーコ……」
「ヒィッ!!本当に、やめて…っ!!」
絶対に、そうだわっっ!!も、やだっ!本当に…何なのぉっ!もぉ敦賀さんのいじめっ子!変態っっ!!
頽れてしまおうがどうしようが構わない。
この全身脱力の魔法を使う魔王様の声を遮断しないことには、正気を保っていられる自信がない。
震える腕を引き上げ、力の入らない手の平を可能な限り耳に押し付ける。全部の音を遮断できるわけではないけれど、直接吐息がかかることがないだけまだましだ。いっそのこと座り込んでしまうのも手なのだろうけど、敦賀さんの腕がしっかりと自分を抱え込んでいてそれもかなわない。
「かわいそうにね、キョーコ…」
え?何か言いました?
名前を呼ばれた気がしたけど、その前になんて言ったのかは聞こえなかった。
確認したほうがいいのかどうか逡巡している間に、足元から床の感触が消えた。
え?な、なに?何なにっ!こここ、これってば世にいう “お姫様抱っこ ” っていうやつでは?で、もって、なんでこの体勢に入っているんでしょうね?私、何かやらかしちゃいました?あれ?ちがう?私が何かされちゃう感じなんでしょうかね、これって???
そうして頭がぐるぐるしている状況で、必死で押さえていた両耳はそのままに、ふと敦賀さんの視線を感じて目線を上げた。
瞬間。
全身に電流が走ったかのように、びくりと体が揺れた。
向けられていた視線は、これまでに幾度か見たことのある、いわゆる “夜の帝王 ”。
そして、どこか憂いのこもった、何かを憐れむような視線。
拒絶することを許さない、その強くて妖しい瞳の力に最後の抵抗だった腕の力が抜けて、耳に当てていた手が離れる。
その瞬間に耳に飛び込んできた言葉に、再び思考が吹っ飛んだ。
「でも、もう君も、立派なレディだったね……?」
完全に現状に頭が追い付かない。
そうですよ。と言うべきなのか、いいえ、まだまだです。と答えるべきなのか。そしてそのどちらでもないのか。
答えてしまうことで、また自分がどこか入ってはいけない未知の世界に足を突っ込んでしまうような気がする。
そこが、自分の思い描いた憧れの世界なのか、それとも全く違う世界なのか。
立派なレディ、という言葉には、大人の女性としてみてくれているという意味があるのだろうか。だとしたら、子どもなら酷なことだとしても、大人として何か割り切って受け入れるしかない何かが起きるということなのか?だから夜の帝王でありながら、憐憫のこもった視線を向けていたのだろうか。
これまでの関係を崩して、先に進んでいこうと思うのなら、一足先に大人の世界にいる敦賀さんには見えていて、その後ろにいる私には見えていないものがあるのかもしれない。
優しくて、素直じゃないこの人は、きっと私が遭遇するであろうことを心配して憂いているんだろう。傷つかなくてもいい他人の痛みもわかってしまうような人だから。
ただ…。
私はそれが敦賀さんとの関係を変えていくうえで知らなくてはならないことならなんだって平気。
敦賀さんが私を、かわいそう、と思うことは何もないの。
それが、敦賀さんの望む世界であるのなら。
それで敦賀さんが苦しむことがないのなら。
…………幸せであるのなら。
「……幸せになろう」
………………!!
聞こえた言葉に目を瞠る。
私の心を読んでいたかのような同じ 『幸せ』 という言葉。
それでいて、少しだけ違っていた言葉。
私は、敦賀さんの幸せを願う言葉。
でも敦賀さんは、『幸せになろう』 と二人の幸せを願う言葉。
共に 『幸せ』 であること。
どちらか片方だけでは成り立たない幸せ。
なんて素敵で、なんて心地よいことなのか。
「はい、幸せになりましょう。…一緒に。」
嬉しくて、潤みそうになるのを堪えながらそう伝えた。一人じゃなくて一緒に、という大切な言葉を足して。
もちろん、敦賀さんはすぐに笑顔で返してくれた。
「…………。うん、幸せになろう。一緒に。今すぐ。」
「…………え?」
……のに。何でかしら。
敦賀さんの笑顔に何かよからぬものを感じてしまうのは…。
幸せすぎて、私の中のセンサーが壊れたのかしら???
ななちさんの~side 蓮~につづく