若かりし頃の村上龍は、どうも苦手な作家だった。
彼はかつて『すべての男は消耗品である』というタイトルのエッセイを書いており、
その中で、自分は平凡なサラリーマンと違って、小説を書いたり、映画を撮ったり、
いい女と遊んだりしてるか、ってことを挑発的に書き散らしていた。
自分の孤独な生活を慰めてくれる本ばかり求めていた私にとっては、
とても彼の文章を読めるものではなかった。
また、サッカーで中田英寿がスターだった頃、村上龍は中田と対談本を出したりしていたが
こういったブームに便乗するところも嫌いだった。
それで長らく村上龍というのは、私の関心の外にあったのだが、
そんな私も今や46歳になり、村上龍は72歳である。
今の私にはもう彼に対するネガティブな感情はない。
好きでも嫌いでもない。
『55歳からのハローワーク』は、偶然図書館で目に入った。
この本には5つの短編が収められており、早速最初の二つを読んだが、
どちらもすこぶる面白かった。
小説を読んでこんなに心が震えたのは久しぶりである。
一つ目の「結婚相談所」は、60歳を前にして離婚した女性が結婚相手を探す話。
二つ目の「空を飛ぶ夢をもう一度」は、腰痛を堪えながら警備の仕事をして生活を凌ぐ50代の男と、ホームレスに転落した同級生が再会する話。
驚くのは凡庸な人々や、ホームレスの暮らし振りが丁寧に、
現実味を持って描かれていることである。
若い時は、あんなに庶民の暮らしをバカにしてたのに。
長い作家生活の中で、彼も大分スタイルを変化させてきたらしい。