
ヒカリへ
https://youtube.com/watch?v=A0A7IZugRd4&feature=share
溢れる思い、愛は君を照らす光になれる
(あなたが)描く未来、そこに私がいないとしても、いまはそっと抱きしめてあげる。
ここで大事なのはあくまでも相手にとってということ
自分の価値観ではなくあくまでも相手の基準でっ感じなのかな
運命だって引き寄せて輝き続けたいよ
奇跡だって起こせるって信じたい、信じたい。
でもね、好きな人の描く未来には共に居たいんだ。
リリースバージョンよりテンポが若干遅めのこのアコースティックバージョンのがすっと心に入ってくる。
声が好きなんです。
プロたるもの
ザン選手 看客にブーイングされて棄権
http://news.tennis365.net/news/smartphone/today/202307/143381.html
色々あ るかもしれんが、色々は皆あるんだよ
同情も理解を示す必要はないと思う。
プロだからこそ
コートでは一人きり、愛も苦しみも誰も判ってくれない。
ベストを尽くせ!
その姿に観客は憧れる。
アンジャッシュ渡部建結婚式でスピーチ
渡部建が結婚式でスピーチ
挙式する二人が嫌悪感を抱くが抱かないか
それが問題だ!
二人が喜んでいるみたいだからWin-Winだよね
不倫はしたけど、奥さんと再構築して子供が生まれたばかりの男だから幸せな場に出ても良いと思う。
人それぞれ
自分だったらどう思うか?
私なら一生ネタに使えるんだから美味しいと思う。
普通なら芸能人に来てもらえないもの
女子ワールドカップNHKで中継
https://www.daily.co.jp/society/culture/2023/07/13/0016580988.shtml
これは日本国民にとって歓迎するニュースなのか?
問題は金額と公共放送としてのNHKが契約した金額が適当であるのか疑問。
民間企業であれば口を挟む問題ではないがこの時期までもつれたのは視聴者の関心度と提示された金額が乖離していたからでしょう?
私は興味無いけど、みたい人が沢山いるなら良いことだと思います。
見たい人がいるのか?が置き去りになっている感じがして嫌な感じです。
男子の試合で付き合いがあるから田島会長に頼まれたからとNHKが大金はたいて放映する。
なんだかなぁ、
視聴料を取っている公共の電波なんだから、出場する選手のためではなく視聴者側に対しての放送をしてほしいものである。
りゅうちぇる
彼にとっての自分らしく生きるということだったのか?
残された息子と息子を育てるペコの事を思うと痛ましいねえ
彼女に贈る言葉
タフでなければ生きていけない
優しくなければ生きていく資格がない
タフであること、優しさとはなんだろうね?
我を貫くこと、自分らしく生きる事、優しさや思いやりを持って生きる事、相手の意見に肯定すること
何がどうなのか?
私は本当の自分とは時によって変わるし
他人に共感することを強要しているのも違うと思う。
彼女が主張しているのは多用性を口実として自己正当化しているとしか思えない。
彼が声を上げれば上げるほど、違う考え方の人の意見を否定して踏み躙っていることに気が付いていない。
多様性をみとめなければおかしい?
それこそが多様性を否定する言葉だよ。
こうでなければいけないとする人を容認する。
それこそが多様性の容認です。
彼が言葉にした夫である自分が辛くなった。
それこそが多様性を認めなければいけないと口にする彼こそが自分らしさを否定していたんだろうね。
そして彼女は性別を否定して、夫で有ることを否定して、最後は父であることも生きることも放棄した。
繊細で気持ちを言語化することができる人だとテレビは言うけど
自分が嫌だと思うことを極端に避ける人。
言語化することで自己正当化する人
私は思うんだ。
人は誰しも誰かにとって正しくて、誰しもが誰かからすれば間違っているもんなんだよ。
固定観念の言うのは大多数の共通認識だからそれを否定するのも押し付けであり多様性の否定
彼こそがりゅうちぇるというのはこうでなければといけないと固定観念に凝り固まった多様性を認められない人だったんだと思います。
私も欠けている事だらけの人間だけどね。
自分と相容れない人からは離れれば良いと思うし
相手から切られても相手は相手で自分を守っているんだと思う。
多様性の容認とは否定して拒絶する人も容認するべきだと思う。
タレントとして目立って自己主張することで反感を呼び寄せて潰れてしまった。
自分が居心地良くするために既に使いやすかった生活を邪魔された人たちからの反撃だと思う。
悪意はなくても自分の生き方を否定されれば傷つく。
自分と違う生き方と違うと否定されて傷ついたんだから多数派が変わるべきと言ってきたりゆうちぇる。
お互いを否定することではなくそういう人も居るけど、私は受け入れない。受け入れる人でうまくやってねとすれば良い。
そう思えない人が生き難さに絶望するのかもしれない。
まぁ、彼女が人生に絶望したのか生きる事から逃げたのかは判らないし、判ろうとも思わない。
それも多様性かなと思います。
歴史のif
もしあそこでこうなったらという物語
あくまでも私の妄想ですが興味があれば読んでみてください。
1織田家存続シナリオ
2豊臣家存続シナリオ
3徳川家滅亡シナリオ
まず、織田家存続シナリオですが嫡子信忠生存が分岐点となります。実際に京から脱出している人もいますので可能性としては有りで日野城まで下がれば祟りを恐れる当時は名目というのは非常に大事で裏切り者の元には人は集まりません。
そこからどうなったかは不明ですが柴田、丹羽、滝川、羽柴が無事です。駿河と遠江は意外と石高が少なく豊かな国では有りません。尾張と美濃を信忠が支配している限りはそれほど脅威ではありません。
東海道を押さえたいのだと言う人もいるでしょうがまともに機能させるには東に生まれた集権政府が参勤交代でもやらせなければ必要性には乏しいです。
信忠が生きていれば根拠地は大阪→伏見と成ったでしょうから東京は生まれていないでしょう。
豊臣存続シナリオ
これは秀次生存でなければ難しいと思います。
秀長が長生きしていればという人も居ますが、秀頼を教育出来るかといえば無理でしょう。となると関ケ原で西軍が勝っても政変はあったと思います。
徳川が明治まで持ち堪えたのは一重に他家をいじめ抜いたからです。幼き君主のもとではそれはできず、結局は石田三成という優れた官僚では纏められないでしょう。秀頼が居なくて秀次が生きていれば安泰だった可能性がたかく数十年は続いた可能性が有ります。鎖国は?と問わられば恐らくありました。交易と布教(思想による侵略)をセットにした国を排除したのが鎖国
。中国や朝鮮も勘合貿易しか認めてなかったんだから鎖国と対して変わらない。となればほぼ同じ状況になるでしょう。
しかし、徳川は潰すのが難しいでしょうから長期安定政権は難しいでしょう。
徳川滅亡ですが、これは簡単
家康が豊臣滅亡前に死ねばよい。
徳川は長期に続いて居ますが初期は危うい状態でした。
島原の乱に手こずるような状態。
天下普請のやり過ぎで大名に金が無いのです。その前に朝鮮出兵もありましたしね
家康が秀吉と同じくらいの年齢で死んでいたら徳川は滅亡していたでしょう。
その時に覇権を握ったのは徳川の家臣であると私は思います。
獅子もみ行事
友人が宣伝しろというので広報です。
七月十六日に江戸川区本郷地区で行われるそうです。
ありゃおりゃと掛け声掛けながらピカピカ(漆塗りだそうです)の獅子の頭を棒につけて振り回すそうです。
昨年は掛け声も指示役だけで静かにやったそうですが今年は完全復活?
流行り病を祓う為の願いを込めての行事が起こりらしいので今の御時世にはぴったりですね
篠崎本郷公園周辺を練り歩くそうです。
https://g.co/kgs/pzutHd
友人が言うには神輿(獅子)が小さい分ブンブン振り回し、担ぎ手たちが声張り上げてすごい勢いで回る見ごたえあるお祭りだそうです。
ではでは(^^)/
女子サッカー放映権問題
FIFAによる男子との格差を無くすために高騰が原因
大国で放映権が売れていないのは日本だけ?
別に他国の顔色伺う必要ないと思う。
女子サッカー振興のために必要なのならばクラウドファンディングするなりして買い取れば良い。
私は元々プロスポーツ観戦するなら男子を好みます。迫力とスピードが違うからです。
そこにあるのは差別ではなく区別です。
より面白いと感じるものを選ぶ、それだけです。
これは澤達の世代でもそうでした。
バスケとかラグビーも私は男子の試合を見ちゃうと女子では物足りない。
コンテンツとしての魅力に乏しい。
しかし、バレーボールとかテニスや卓球ではそう感じない。
集団で戦うサーブとかがなく試合中走り回るスポーツで男と女の体力差が如実に判ってしまうから物足りなさを感じるんじゃないかしら?
競技として本人達が楽しむんであればそれで良いのです。
プロスポーツは注目を集めるから金が集まるからあれこれ考える。
女子プロ野球のビジュアル重視とかね
そういう事するから闘争が無くなり面白さが減る。
野球にせよサッカーにせよ、男子がライバルだくらい必死にやらないと見ている側としてつまんない。
厳しいことを言えば、FIFAが高い金を取ろうとするから放映権が売れない
=競技として見たいと思われない
考えるべきは競技を普及させたい人たちだよね(トップ選手も含めて)
見る側としては興味を持てれば見るし見に行くし、興味がないから行かない。
皆さんもそうでしょ?
渡邉恒雄
渡邉恒雄氏のインタビュー記事です。
https://bunshun.jp/articles/-/57889?page=1
マスコミの本質がよく出ている記事です。
良い記事を書きたいとか、取材対象に敬意を払うとかでなく
相手を馬鹿にした特権意識
これからは会社としての信用ではなく記事を書く人そのもので判断していく時代だと思います。
まぁ、東京新聞という会社は望月記者を容認している時点で信用に足りない。
読売新聞は渡邉氏が主筆な時点でお察しという感じです。
まぁ、池上彰みたく出鱈目なことをもっともらしく言わないだけマシですけどね
