プーツが売れない
東京新聞としての責任
東京新聞の望月いそ子記者が、政府の公式会見で
「一昨年、国連人権委のデイヴィッド・ケイさんが菅さんにご面会したいという時も政府側がドタキャンしたという経緯が」という発言をされました。
https://snjpn.net/archives/41246
東京新聞の代表として質問に立たれている以上、誤りであるなら謝罪を、事実であるならばしっかりとした報道をしていただきたい。
記者というだけで社会の代表として質問する機会を与えられたのだからしっかりと説明責任を果たしていただきたい。
なので、私は東京新聞に以下の質問を送りました。
https://cgi.tokyo-np.co.jp/usr/entry/toiawase/toiawase.php
「一昨年、国連人権委のデイヴィッド・ケイさんが菅さんにご面会したいという時も政府側がドタキャンしたという経緯が」
というのは事実ですか?
東京新聞としての責任を追及していきます。
ももクロ有安卒業
横澤夏子
日本 の西洋式製紙業発祥
何気なく、使っていますが、王子製紙と日本製紙(旧十條製紙)
これ、地名から来ています。
そう北区の王子と十条ですね
あのあたりになんで製紙工場が作られたのか
やはり何か理由があるはずです。
私が出した答えは 水です。
大量の水が取れて、水運による輸送が目的である。
現在でこそ、道路整備によりどこでも簡単に材料を運搬できる環境だが
明治初期は、、道路整備は熱心ではない。
ヨーロッパが石畳の道などが栄えているのも、軍事の側面があるのを忘れてはいけない。
ヨーロッパは、戦争を繰り返しているから道路を制する者は、流通を制するひいては国を制する。
当然、その考えは日本にももたらされたが、、日本が島国であり火山灰の土がたくさんある土壌
そして、亜熱帯の雨が多い気候=水に恵まれすぎた国なのである
馬車が通れるような道路の維持が大変な反面水路を作ってしまえば水運が有効に活用できる。
町などの狭い範囲ではなく、人為的に大規模に治水技術により産業を高めてきた、過去からの歴史が王子を製紙の町にしたのである。
それともう一つ、明治のころの西洋式の製紙では、ぼろ=古い綿や綿を作った時にいらない短い綿毛が材料に使われたそうです。
江戸時代の産地は、武蔵国(埼玉)、下野国(栃木)、常陸国(茨城)なわけです武蔵国=荒川、下野国、常陸国=利根川水系ですから
水運ルートは江戸を支える大動脈です。
海外からの輸入材料が主流になっている今は、海沿いの町に工場があることが多いようですね。
製紙工場と造幣局がセットであり造幣局を守る関係で軍を置いたとか実はいろいろと関連が出てくるわけです。
今回のブログを書くにあたって、いろいろと調べてみてぶちあたったのが渋沢栄一
有名な人なので、名前は知っていても人物像がいまいち思い浮かばなかった。
岩崎弥太郎と三野村利左エ門、日銀、三菱対三井の商船戦争あたりで出てくる人物である。
仇役として出てくることが多いかな
後日そのあたりもちょっと勉強してみようかなぁ