今回から著者がいう「絶対の幸福」を説明していきましょう。

　どうも「歎異抄」の内容と親鸞のさとりの経緯1のような気がする。

　出典：長南瑞生　著　生きる意味109　一万年堂出版

第７章　　どんな人でも、

　　　　　　生死の一大事を解決すれば。

　　　　　「絶対の幸福」になれる

「死」は、私たちの人生に、

　　最も大きな影響を与える大問題

　シェイクスピアの名作「ヴェニスの商人」で、主人公が恋人と結婚するためには、金と銀と鉛の三つの箱の中から、正解の一つを当てなければなりませんでした。

金の箱には「我を選ぶも者は多くの人が欲するものを得るであろう」

銀の箱には「我を選ぶ者は己にふさわしいものを手にいれるであろう」

鉛の箱には「我を選ぶ者は持てるものすべてをなげうたなければならない」

と書かれています、

　正解なら、恋人の絵姿が出てきて、恋人は自分のものになりますが、もし外した場合、その恋人はおろか、他の女性とも一生結婚しないという誓約をしなければ、この箱選に挑戦できません。

　あなたならどれを選びますか？

　その厳しい条件にもかかわらず、彼女のあまりの美しさに、世界中から挑戦者がやってきます。

　まず、ある国の王様は、彼女の美しさには金こそふさわしいと思い、金の箱を選びました。すると出てきたのはドクロ、「輝くもの、かならずしも金ならず」という言葉が添えてあり、深く傷ついた王様は去っていきます。

　次の挑戦者も、とある国の王でした。自分には彼女がふさわしいと思い、銀の箱を選ぶと、中から出て来たのは、愚か者の絵でした。「自分にふさわしいのは愚か者でしかないのか」とショックを受け、その場を立ち去ります。

　最後に挑戦したのが主人公でした。外観は中身を裏切るもの、と鉛の箱を選びます。

　すると「汝、うわべによって選ばざる者、かえって恵みあり」と恋人の絵姿が出てきます。こうして主人公は、めでたく恋人と結婚することができたのでした。

　ちょうどこの、金の箱や、銀の箱のように、私たちにとって。お金や財産、地位、名誉、恋愛などの相対の幸福は、表面的にはきらびやかで、興味を引くので、たいていは誰しも引っ張られてしまいます。ところが、相対の幸福にはキリがなく、喜びは一時的で、最後は死によって裏切られてしまうのです。

　特に、最後の死は、すべての相対の幸福を一気に破壊してしまいますから、変わることのない本当の幸せになるには、この死を、何とかしなければなりません。

　ヒルティが「幸福論」の中で、

　　　死の問題は、すべての人生問題のうち最も重要なものである。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「幸福論」ヒルティ）

と言っているように、死は、私たちの人生に最も大きな影響を与える大問題です。

　しかも、死には、ほとんどの人がいつも見落としていて、その問題をますます恐ろしくする、三つの特徴がります。

死の大問題の特徴①

　すべての人が直面し、必ず負ける戦い

　死は、すべての人にとって確実な未来です。

　死と聞くと、自分とは関係のないことのように思いますが、人類史上、これまでのところ。死ななかった人はありません。感染症の大流行や核戦争、環境破壊や資源の枯渇で、人類は絶滅するのではないかち心配になりますが、それらが起きなかったとしても、現在生きている人は、しばらくすれば確実に全滅します。２００年生きられる人はいませんから、死は１００パーセント確実な未来です。

　一日生きるということは、一日死に近づくということです。

　やがて死ぬことを避けることはできません。

　ですから、この問題と関係のない人は一人もいないのです。

　最古にして最強といわれる兵法書「孫子」は、紀元前の中国で書かれたものですが、今日まで伝えられる極めて優れたものです。三国時代には、魏の曹操がよくこれを研究し、覇を競いました。日本では、甲斐の虎・武田信玄が旗印に、孫子の「その疾ことは風の如く、その徐かなることは林の如く、侵掠することは火の如く、動かざることは山の如く」を使っていたことで有名です。

　１８世紀に入ると西洋にも伝わり、ドイツ皇帝のヴィルヘルム２世は、第一次世界大戦に負けた時「もし２０年前に孫子を知っていたら・・・・」と悔やんだといわれます。ドイツには、天才といわれるクラウゼヴィッツの戦争論がありますが、それを超えるという人もあります。

　それほど古今東西変わらない最強の原則が記された「孫子」ですが、その孫子が兵を用いる時は、どのように考えていたのでしょうか。

　普通は、百戦百勝、必ず相手を打ち破れるなら、それがいちばんいいと思いますが、そうではありません。

　　　　百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。

　　　戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「孫子」）

　百戦百勝でも、負傷者が出ることは避けられませんから、戦わずして勝つのがベストなのです。逆に最悪なのは、勝つ見込みもないのに、無駄に威勢よく戦うことです。負けると分かって戦うのですから、これほど愚かな戦いはありません。

　ところが私たちの人生は、一日一日、死に近づいていきます。一日生きたということは、一日死なずに済んだといえます。それはちょうど、じわじわ迫ってくる死と闘っているようなものだと、ドイツの哲学者、ショーペンハウアーは言います。

　　　生きているということは、じつはそれは死ぬことのたえざる阻止、

　　　つまり死ぬことがそのたびごとに先へと延期されていることにほかならないのである。

　　　　　（中略）

　　　一呼吸・一呼吸がたえず押し寄せてくる死を防いでいる。われわれはこういう仕方で、

　　　刻一刻、死と闘っている。

　　　　　（ショーペンハウアー）

　病気になると、その闘いは激しくなります。病気と治療のせめぎ合い、何とか死なないようにという闘病生活となります。そして、病気が治れば助かったと喜びます。では、九死に一生を得て助かったら、死ななくなったのでしょうか？　そんなことはありません。死が一時的に延びただけで、しばらくすればまた、死は何らかの形で襲いかかってきます。

　人生は、負けると分かっている戦いを強制されるようなもので、「孫子」でいえば。最悪の戦いをさせられているようなものです。

　たとえ、今日や明日には死なず、平均寿命以上に生きられたとしても、必ず死ぬことに変りはありません。人生は、負けると分かっている戦いを、どう長期戦に持ち込むかという努力であり、助からない状態を一秒でも長く続けるにはどうすれればいいかという努力に過ぎません。

　どんな人の人生も。最後は必ず死で終わるのですから、あなたの未来にも百パーセント待ち構えている大問題です。

死の大問題の特徴②

　　いつ、どこから襲ってくるか、分からない

　しかも、死はいつやってくるか分かりません。予告もなしに、迫ってきます。

　死と聞くと、「それはやがては死ぬかもしれないけど、それはまだまだ先だろう」と遠い先のもように考えています。ところが、そうとは限りません。毎日たくさんお人が交通事故で死んでいます。若い人でも死ぬのです。

「歎異抄」同様、鎌倉時代に成立した「徒然草」には、死が思いがけずにやってくることを、

　　　死は前よりしもきたらす、かねて後(うし)ろにせまる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（『徒然草』）　

　と書かれています。死が前から迫ってくれば、「もうすぐくるだろうな」と分かるのですが、死は、あなたに気づかれないように。後ろから追ってきているのだということです。

　死と背中合わせで生きているようなものです。

　つまり。この世に生まれた時から、あなたは、あらゆる瞬間にしぬ可能性があるということです。

　釈迦は、

　　　出息(しゅっそく)入息(にゅうそく)　　不待(ふたい)命終(みょうじゅう)　　　　　　　　　　　（釈迦）

と説かれています。

　これは「出る息は、入る息を待たずして命終わる」と読みます。

「出る息」とは、吐く息です。

「入る息」とは、吸う息です。

　吐いた息が吸えなければ、もうそれで命が終わります。吸った息が吐きだせなければ。それで死んでいかなければなりません。今、コトコト動いている心臓が、何かの拍子にコトッと止まったら最期です。

　死は、吸う息。吐く息に触れあっている問題だ、ということです。ですから、死はあなたが考えるほど、そんな遠い先のことではなく、今に触れあう、今の問題ですと、釈迦は教えられているのです。

死の大問題特徴③

　　　火事より、交通事故より恐ろしいのに

　　　　　誰も準備していない

　このように、死は、全員に百パーセント確実に、しかも突然やってきて、すべてを破滅させてしまうのですが、なぜか誰一人、問題にしていません。学校の授業で習うわけでもなければ、家族や友達で話題に出るわけでもないので、知識もほとんどないと思います。この現実は、ある意味、世にも奇妙な話です。

　普通、未来に重大なことが迫っていることが分かれば、準備を整えます。

　例えば、もうすぐ自分にとって重要な学校の試験が控えているとなったらどうでしょうか。

　他の受験生と争って合格を目指さなければならない場合、そんな試験がもうすぐと聞いて「大好き、待ち遠しい」という人はめったにいないと思います。

　誰もが気が重く、目を背けたくなります。

　だからといって、現実から目を背け、マンガを読み続け、テレビゲームに明け暮れて、何の準備せずに突入すれば、大事な試験が悲惨な結果に終わってしまいます。そんな恐ろしい運命は、ごめんこうむりたいと思えばこそ、試験勉強をし、中にはお金を払って予備校に通って準備する人もあるわけです。

　これは、自動車の任意保険でも同じです。任意保険に入るのは、もし働き盛りのサラリーマンをちょっとひき殺してしまったら、とても自分の力で損害賠償できないと思うので、入るわけです。

　火災保険なら、もし万が一、火災が起きてしまったら、自分の力で対応できない一大事が起きると思えばこそ、起きる前に準備をするのです。

　ところが、火災であれば、全員が全員、火事に遭うわけではありません。一生涯、火事に遭わない人もたくさんあります。もし起きたたら大変だということでの、念のための準備です。

　ところが、死は、万が一でもなければ遇わない人がたくさんあるわけではありません。全員が全員、最後は死に直面するのです。

　しかも、学校の試験や事故、火事であれば、後から努力で取り返すことも不可能とはいえませんが、死は、人生の終わりであり、取り返すことは不可能です。

　そんな大問題を忘れて放置しておくほど、危険なことはありません。

　ちょうど、行く先に滝壺の待ち受ける川を、何も知らずに屋形船に載って川下りしているようなものです。人生の時間がどんどん過ぎていくように、船は流れていきます。

ただ過ぎに過ぐるもの　帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。

　　　　　　　　　（「枕草紙」清少納言）

　その時間の流れ行く先が滝壺になっていることは、しっているはずなのですが、先を見通す知恵がないためか、屋形船の中で宴会をしたり、夜桜を見たりして楽しんでいます。儲かった、損した、好きだ、嫌いだと、大騒ぎです。

　そんなことをしているうちに、どうしょうもない力で船は流されていきます。そうやって、ただただ船は流れていき、最後は確実に滝壺に落ちてしまうのです。

　そんな私たちの姿を、釈迦はこう説かれています。

　　　世人(せじん)薄(はく)俗(ぞく)にして共に不急の事を諍(あらそ)う。　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）

「世人」とは、世の中の人というとで、すべての人のことです。

「薄(はく)俗(ぞく)」とは、浅薄で浅はかで、俗っぽくて低俗。ともに、急がなくいいこと、不急のことを争ってまでやっている。すべての人は、人生の最も重要な問題に気づかずに、つまらない目先のことにとらわれている、ということです。

　逆に、この死の大問題を直視し、解決してこそ、心から明るく楽しい人生を送ることができるのです。

　ドイツの哲学者カール・ヤスパースが、

　　　生きることを学ぶことと、死ぬことを学ぶことは一つである。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（カール・ヤスパース）

と言っているとおりです。

□「生死一如」の教え

　　　　「生」を台所とすれば、「死」は便所のようなもの

　これを仏教では「生死(しょうじ)一如(いちにょ)」と言われます。

「生死一如」とは、普通「生」と「死」は、反対のことだと思いますが、そうではありません。

「一如」とは、一つのごとし、二つであって一つ、一つであって二つ。紙の表と裏のように、「生」と「死」は、切っても切れない関係にあるということです。

　ちょうど、「生」を台所とすれば、「死」は便所のようなものです。

　台所は、明るく楽しくみんが集まる所です。一家の団欒は、台所でするのであって、便所でする人はありません。それに対して便所は、暗くて苦しいのに、一人一人行かねばならない所です。ところが、台所があって便所がない家はありません。どんな小さなアパートでも、どんな豪邸でも、必ず便所がついています。台所で食べた物は、１００パーセント確実に出さなければならないからです。

　ある友人が、家を新築して、パーティに呼ばれました。なかなか大きな家で、広い庭でバーベキューです。美味しい物を食べたり飲んだりしてどんどん盛り上がります、ところが、２時間ほど経った時、トイレに生きたくなります。そこで家を新築した友達に、

「ちょっとトイレ借りていい？」

と聞くと、

「え？　チイレ？　そんな印象の悪い物うちにはないよ。だけど君は親友。ここからいちばん近いところで、２キロ離れた公園に、公衆便所があるから、もし使いたかったらそこを使って」

と、さも当然のように言われたらどうでしょう。

「２キロ・・・・・？」

　友達の言っている意味も分かりませんが、それはともかく現実問題として、我慢の限界まであとわずかです。もはや真っ青になって、パーティを楽しむどころではありません。もうすぐ、とても不幸な未来がやってきます。このままでは、楽しいはずのパーティ自体が、二度と思い出したくない思い出になってしまうのです。

　このように、食べた物は、必ず出さなければなりませんから、いつでも安心して行くことのできる便所があって初めて、台所で明るく楽しい食事ができるのです。

　ちょうどそれと同じように、どうすれば、明るく楽しい人生が送れるか考える時。あなたは仕事のことや、趣味のこと、スポーツのこと、旅行のことなど、どうすれば明るく楽しく生きていけるかということばかり考えていないでしょうか。

　反対に、死は暗いから、見ないように考えないようにしています。

　ところが、その暗い死がやってくるのは百パーセント確実です。ですから、生死の解決をせずに明るい生を送ることはできないのです。

　必ずやってくる死の大問題を見つめ、解決して初めて、生が輝きます。

　このように、死の解決が生の解決であるということが「生死一如」ということです。

　絶対の幸福は、相対の幸福の延長線上にあるのではありません。死の問題を解決して初めて、大安心大満足の、絶対の幸福になれるのです。

　これは、いつか死ぬからこそ、人間が輝くということでもなければ、死を見つめることによって、より充実した生を送ることができるということでもありません。

　死の大問題を「解決」することによって、絶対の幸福になれるということです。

　　　　　□　人生を「飛行機」に例えると・・・・

　　　　　　　　　燃料が切れて墜落する前に

　これを飛行機に例えると、あなたが生まれた時が飛行場を飛び立った時です。

小学、中学、高校と、飛行機は上昇し、やがて水平飛行に入ります。昨日から今日、今日から明日、先月から今月、今月から来月へと、飛ぶように月日が過ぎるといいますが、この飛行機は猛スピードで飛んでいます。

　ところが、この飛行機には目的地が分かりません。下は太平洋のような広い海、海また海で、島影一つ得ません。

　そんな飛行機に乗っているとすれば、あなたはどんな気持ちでしょうか。

　どんなにおいしい機内食や、楽しい機内映画が見られたとしても、楽しむことはできません。それは、飛行機の燃料に限りがあるからです。目的地も分からずに飛び続けたら、やがて燃料が切れて、墜落あるのみです。

　この、機内食や機内映画に例えられたのが、お金や財産、地位、名誉、仕事や趣味、学問や人格といった、相対の幸福です。どれだけこのような相対の幸福に恵まれていても、心からの安心も満足もないのは、やがて燃料が切れれば、真っ逆さまに海に墜落していかなければならないからです。

　京都学派を創始した日本を代表する哲学者・西田幾太郎は、

　死の問題を解決するというのが人生の一大事である。　（西田幾太郎）

と言っていますが、この死の問題を。仏教で「生死(しょうじ)の一大事(いちだいじ)」とか、「後生(ごしょう)の一(い)大事(だいじ)」といわれ、この一大事を解決することによってのみ、絶対の幸福になれるのだと仏教で教えられています。

　飛行機でいえば、燃料が切れたら、切れた所に大空港があり、そこに安全に誘導されて着陸できることになれば、海へ墜落する一大事はなくなります。

　この一大事を解決して初めて、空の旅を心から楽しむことができるのです。機内食や機内映画は、無くてもかまいませんが、有ればなお快適です。遇ってよし、無くてよし、大安心、大満足、の空の旅を満喫できます。

　ですから、この一大事を解決すれば、お金が儲かり病気が治るではありません。後生の一大事を解決するまでは、お金が有っても無くても幸せになれない、有無同然の不幸だったのが、後生の一大事を解決すれば、お金が有っても無くても大安心大満足の「絶対の幸福」なれるのです。

次回は、

名著「歎異抄」の「絶対の幸福」を「無碍の一道」と言っていること、親鸞の教え等の説明です。死は人間としてさけられないもの。死の問題の解決方法の精神論かな？

福まち爺さんの幸福論 死は人生の大問題・・

福まち爺さんの幸福論　死は人生の大問題・・