タバコぷかぷか吸って、しゃがれた声でズケズケ喋って、働きまくって、水泳はオリンピック候補だったり違っかったり。忘れた。


震災の辺りだったかなぁ。調子悪くて、検査したら癌だって。
直ぐ手術して取りきったみたいでね、元は。違うところに拡散したみたい。

冬ごろから体調悪くてこの頃から余命はなんとなく出てた。正月に会ったとき近所の神社に歩いて初詣に行った。ウッサイおばさんが、ブランケット羽織りながら。

年内持たないだろう。

2月に入って急変。危篤

被災地のことも心配していただろう。大昔にみんなで行った松島。あの辺りも頑張ってるよ。

震災から一周忌を前に色々バタバタしてて俺が支援活動で大切な人達と接して、「まだあんたやれることあんでしょ。こっちには来なくていいから。」って言ってるようで‥‥
様子見に行かないとなぁーて思ってた。
思ったときにはおそいんだね。今週末行こうとしてたんだよ。

頑張ってたし、疲れちゃったんだな。 お疲れ様。

みんな元気だしこれから協力していくよ。婆さんのこともあるから助けていかないとね。

俺もなんか疲れちゃったな‥‥‥

んじゃ、後で行くわ。
2.26。石巻、南相馬の帰り。

東北道安達太良SA辺りで電話がなり「ヒッチハイクの大学生を乗せてあげてくんない!」

えーーー!

了解。

「頼むねぇ~」

‥‥‥‥
高知大学「宜しくお願いしまーす」

引き受けたのには訳がある。少年達が気仙沼へボランティアに行っていたからだ。
気仙沼は大切な仲間(相棒ね。)が尽力を尽くして支援している場所。復興商店街。猪苗代病院。いずれも中心で支援活動している。中心で有りながらも現在も海外生活。電話とメールでの支援活動。
そんな相棒がこの間、震災後初来日。
その際に気仙沼も一緒に見て回った。

俺自身も支援活動に行ったことがあった。

最近見てきた場所だけに共通の話題でてんこ盛りです。

「ダニエルさん。本名はなんですか?」

「ダ・ニエルだけど。」

「かっけー」‥‥とか、

調子こいて年も5歳ぐらいサバ読んで、気仙沼の写真やなんやら。何気に楽しかったよ。

ダニエル爆笑トークライヴ。

少年達よ。このblogかTwitterかなんかで嘘つきのオッサンを見かけたら連絡しなさい。

俺も一人なら確実に旅人になっているな。

住所不定ね。


2.26  

石巻市北上方面へ。 前日からの雪と冷え込みで路面常態は悪く三陸道では深夜に軽トラックが横転していた。運転手は無事で一緒に軽トラックを安全な場所に運んだ。ガラスのようにキラキラと輝く道路。横転したトラックも少し力を入れて押すと滑って安易に移動することができた。それぐらい凍っていた。この時期他人事じゃない。運転している時間が一番長いかもしれなから。


北上、河北地区。着。道の駅で休憩し
以前伺った支所へ。作った献花台を片付け、線香をあげ河北地区へ。ここは未だ捜索活動が行われている。ここも何度かお手伝いをさせてもらった場所。



事前に捜索状況を支所に聞いていて直接現調に来てみた。ニュースで報道された通り川を塞き止めての大掛かりな捜索が一旦終わる。残念ながら今回の捜索で不明者は見つけられなかった。



この場所は被災地の中でも知名度のある場所だ。
大変な災害を受け、死者不明者が多数いる。悲惨な場所なんだ。パワースポットでも観光地でもない。訪れた際にはお線香や手を合わせることぐらいしてあげてほしい。



大掛かりな捜索は一旦終わる。次は春から夏にかけて浸水した水を抜いてからになる。

午後、南相馬へ。ここも何度か捜索のお手伝いさせてもらった場所。
今回も捜索。午前中は海岸沿いを行い遺骨を数点見つけてあげられた。以前と同じポイントでの活動。しかし全く違う場所のように風景が変わっていたらしい。それぐらい海は次々に古いものを飲み込み別の物を運ぶ。自然。。

午後から合流。同じ地区の3ヶ月の赤ちゃんの捜索活動。側溝の中を綺麗に掻き出し確認。残念ながら手掛かりはなかった。
この活動中、ここの浜団の大将と集中して話す時間が少しあった。なんと最近、北上地区の支所に同じ境遇の方に会いに行ったと!驚いた。大将も俺達がその支所で活動したことに驚いていた。
大将。「北上の方は再婚して4日目の出来事だったらしい。新しい家族と4日間。。」
大将が話す他の被災者の方の話し。
俺は活動することになった支所の話し。
大将は「時間がなくてよく支所を見れなかった。」
「もう一度よく見たいなぁ。あんな悲惨な場所があるんなんて知らなかった。北上の方は献花台が新設されてることを知らなかったよ。」

驚いた。

俺は活動後何度も隣接している学校と支所に連絡を入れていた。
なんで地元の行政機関はこーゆー事を知らせたり報告しないんだろう? これが被害者の方達との溝になっていくんだろうと思った。  

ここ浜団の大将のお子さんもまだ見つかっていない。

なんでかなぁ。こんなに一生懸命探してるのに。。

南相馬もそう。北上地区もそう。どこでもそう。
行政と住民。連携してくれ。情報を公開して。
町ぐるみで一刻も早い復興が出来る事を。