10月。

1人の女の子とそのご家族のちっちゃな夢が叶った。

その子は東日本大震災後に大病を患い今も病魔と闘っている。
治ったはずだった。

今年の5月だったかな。その子の住む石巻市へ遊びに行った。遊びにね。
もう、ボランティアじゃないです。友達の所に遊びに行ってるんです。

んで、その子に「もし願い事が叶うならなにがいい?」って聞いたの。そしたら手帳に書いてくれた。
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高級車!五億円!ははは!!

ディズニー!!おぉ~これなら行ける。叶えてあげたいなぁ~から始まり半年。

当初九月頃の予定。詰めが甘くて無しに。この時は本当に申し訳なかった。みんな楽しみにしてたのに。もしかしたら、もしかしたら二度と叶う事のないものになってしますかもしれないそれくらい大事な事。

自分の不甲斐なさにキレた。

改めて計画を進める約束をして仕切り直す約束をした。

新しい日程が決まると嬉しかったのかリハビリを頑張り過ぎて大変な事になっちゃって。痛み止め使わないと生活出来ないぐらいでな。

毎日祈ったよ。

当日。

不思議なもんだ。願いと楽しみが痛みを消してくれた。信じられない。人間には未知の能力が存在する。奇跡か。。

出発した事を聞いた時は「イェーイ」って叫んだよ。マジで。生憎の空を睨みつけて。

特別優待でディズニーに行ける。それには厳しい制約もあった。家族以外の人との接触禁止。友達もダメ。マジか。
でも偶然会っちゃったんだよ。

だはは。

偶然ね。

楽しそうだった。とにかく。
ポップコーン食ってチュロス食って。パレード見て。アトラクション乗って。

このディズニーは最期の願いじゃない。
楽しみや目標、笑う事が人間に与える力。生命力を高めること。

(奇跡)

それを確実に感じた。

予定より二時間遅れで沢山のお土産を車に積み込んでディズニーを出発。ここから八時間ほどかけて石巻へ。
子供達の楽しんでいる姿をみたらこれぐらいのイレギュラーはね。
とっち君、お疲れ様!

偶然会っちゃった俺を最後まで同行させてくれたスタッフの方ありがとう。

帰り際涙ぐんじまったよ。そしてこれを書きながら楽しかった、でもなんか悲しくも有り寂しくも有り、なんて感じ涙腺が緩む。

何だかなぁ~、参っちゃうなぁ~。


「また来年も行く!」

約束だぞ。また連れて行くから。

夢と笑う事が与えた力ともなの底力を信じて。
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7月28日。29日。

勝手に願掛けに行ってきた。

日本一高いところから御来光に願いを込めて。

AM4:50




宮城で漁師をやってる友達の娘さんの病気、絶対治るから!

南相馬の大将。津波で離れ離れになったご家族が必ず戻ってきますように。

石巻で全壊の旅館を意地で再建させたお父ちゃん。お母ちゃん。これからopenだな。

ゼロになった漁場。徐々に水揚げされていく魚!

津波の塩害でやられた畑。

海も畑も放射能による風評被害。でも魚も旨いし野菜も旨い!

放射能風評被害のバカヤロー!

負けるな。負けるな。



世界中の平和も祈ってきた。
LOVE&PIECEだよ。



友達が言った。
修験者ダニエル。

気に入った。これからも何かに挑戦してみる。
ちっさいバックパックに思い(重い)を詰め込んで。
また勝手に祈ってくるぜ。


東北の復興を。


2011.7月。一通のSOSメールが届いた。
気仙沼から。今Googleで話題のナオミさんからだった。

震災後ボランティアが一人も来なく病院のスタッフのみで泥だし、瓦礫撤去をしてきて一階の診療スペースがある程度片付いてきた矢先のカビ大量発生!
そして、この頃を知っている人ならみんな驚いた巨大化したハエ!
ペットボトルに満タンのハエ!
網戸もなくハエのせいで窓も開けることが出来ない。

「すいません。手に負えないので助けてー」

こんな感じだった。


よっしゃ。「カビやっつけて、網戸製作じゃ~」
気仙沼行き決定!

埼玉から一日作業だと効率よくやらなくては全てが終わらなくなってしまう。

それは、置いといて。

震度5クラスの余震も頻繁にあり、粉塵などの衛生面もあまりよくない。子供を被災地に連れて行くことに賛否両論あった。

今回はJr.の活動記です。

俺はこの気仙沼のSOSにJr.を連れて行くことにした。半ば強引だったが。

震災の日、Jr.は家で一人で頑張っていた。

テレビで見る津波の映像。どう思って見ていたかはわからないが本物の被災地に来た。



白カビが壁、床、階段、これは凄い。
カビキラーから外国に問い合わせて専用の除菌剤を入手してのクリーン作戦。高圧スチームでカビ破壊!

Jr.もなんとなく頑張ってたよ。病院スタッフのお兄さんと一緒に。




午後からは仲間と網戸製作。手には木っ端で作ったロボットの顔のような物が。。。


気仙沼は夕方無事終了。
始めてボランティアの人が着てくれたと言われてとても信じられなかった。

この日気仙沼の街ですれ違ったボランティアはボラセン手配の五名程度かな。
この少なさにも驚いた。

被災地を見て、スゲーとか何だかんだ騒いでカナブンみたいなハエを追いかけ回してカツオ食べて、病院のスタッフや俺の仲間に構ってもらっていた。

やっぱり子供は邪魔で連れてくるべきではないのか考えさせられた。

ここに家が建っていたとか波がこの高さまで来たとかあまり実感がなかったんじゃないかな。

帰りの車のなかでは六時間fullに寝ていた。
お疲れ様。

ついでに夏休みの自由研究みたいなやつ気仙沼をからめた。カビのことだった。
やつは数日カビキラーと呼ばれていたとかいないとか。


次は鮎川浜だったね。九月頃だったか。
漁師さんの手伝いと体験。





釣の前にちゃんと浮きの片付けしたんだよな。

帰りに蛤浜寄ったけどこの時も爆睡、そのあと渡波のjazz炊き出しみたいなのにも顔を出したな。
そんときは起きたか。

まさか、漁師さんの息子と後に友好都市を結ぶ握手をすることになろうとはこの時誰も思っていなかった。

ハハハ!お前も結構色んな所に連れ回されてたんだな

んで、こっちも九月か十月頃だったね。
石巻の旅館の修復。

手伝いは本当にちょびっと。旅館のお母さんとゲームしたり、犬とボール遊びしたりね。




彫刻もしたな!

たくさん遊んでもらえるから泊まりたくなっちゃってな。しきりにビールを勧めてきやがって。

「運転だから飲まねーよ!」

手伝いに行って逆に気を使わせてしまった。
それなのに、「また来てね」
と優しく明るく見送ってくれた。


こうしてやつはこの旅館に通うようになるのであった。


Jr.活動プレイバックⅡへ続く