超大作になりそうな予感?

今朝、出勤時の出来事。
いつも通り右車線を走っていた。
信号待ちで止まり、青になるのを待った。青になったが、前の車が全く動かない…。

左の車線は動いている。
ただ、車の途切れは無く、車線変更は中々出来ない。

何故だ…。

この時間帯、大型病院へ向かう右折車両による渋滞だ。

あれは、信号機を変える必要がある。
明日市役所に電話をしよう。

とまあ、それはいいのだが、
というか、そう思っている人も他にいるという事は。やった方がいいな。うん。

そして本題に戻るのだが、動かない車、変更出来ない車線、差し迫る出勤時間、遅れられないプレッシャーから、私、キレていました。

自分でもえっ?

出口が見えない時、前からそうだ。
数学の問題で分からなくなった時、泣きわめき、ブチギレ。

出口が分からない時、行き場を失った感情が溢れ出してしまう。

出口を見つけ出す、もしくわ出口が見えていることは大事ですよね。

よく、年寄りに怒られますが、それは相手に自分という人間のゴール、出口を見せられないからかなと。

もう少し自分を語らないと、やはり相手側もたまらないというか。

自分でさえそうでしたよ。
出口が見えない。
自分も見えていない。
出口をクリエイトする。

自分はこういう人間ですよ。
まるで自分を隠すかのような。ストーカー行為から逃れるように?

でも、それはなぜ。
自分でさえ分からない。
そんな自分を飼うという事。
そんな自分を我慢させるという事。


そして、好機を待つ為には我慢強さも必要です。
自分自身に対しても我慢する。

相手の学びを奪わない為です。
そして自分も学べばいいのです。