非常に冷静で、怜悧で、クールでなければいけないのです。
これは価値があるのか。それとも単なるゴミかを見抜くのです。
例え、誰かはゴミだと思っても、他の人が見れば何故捨てるの。と拾われる物もあります。
要は見た目としてだけでなく、その物の中身の機能性だけを抽出するのです。
その為のクールさです。
というのも、感情ではないという事。
そんな曖昧な物に振り回されないクールさです。
では、何故感情があるのか。
それが人間じゃないか。
そうです。でも、それを前面に押し出し、周りに影響を与えるのは残念ながら動物と見なされても仕方ないのです。
それを制御出来るのが人間です。
感情で揺れ動かす事で、上手く発散し、自我を保てている。
そうです。
それが人間のかわいい所です。
そう生きられる人はそう生きられて幸せかもしれません。
それで生きられれば、いいかもしれませんよね。
でも、現実甘くない⁇
基本的には甘い物かもしれません。
でも。その甘さを知る為にピリッとした辛さも必要なのです。
という事は甘々で行く人にとって、現実的にピリッとシッペ返しを食らう時が来るのは時間の問題です。
逆に辛さを、知っている人間にとっては甘い物はとても美味しい。
さて、危ない橋を渡る。
渡りたくないから渡るんです。
絶対に誰も渡りたくないのです。
よくよく考えれば。
自分の身は大事ですよね。
誰も渡らないから危ない橋になってしまった。
でも誰か渡って壊すか、紐を切ってしまえばもう危なくないのです。
勿論、橋はなくなりますが。
だからその可能性を断つのです。
危ない橋はもう橋ではないのです。
誰もやりたくない。だからやる。それは自ら危険な橋を渡り、橋を壊す行為です。
でも、危険と知っていればいいんですよね。そうすれば命綱付けていきますよね。
誰もやらないからやる事は非常に尊い事でもあるのです。
でも、それは自分でもやらないのです。
それを知っているのです。
だからやるのです。