これは、1854年にラトビアのリガ近郊の女学校で実際に起きた出来事である。





日本では 江戸幕府とマシュー・ペリーが和親協定を締結していた
その時代。


とあるラトビアの学校に、ひとりの若い女教師が赴任してきたのだ。
エミリー・サジェ。フランス人である。


不思議なことに、学校側は誰一人として 教師エミリーがどこから、どういった理由で赴任してきたのかを知らなかったという。

そして このエミリー先生が赴任してきて以来、学校では異常ともいえる現象が起きたのだ。


赴任してから数週間が経った頃、女学校の生徒たちが徐々に異変に気づき始める。

「さっきは向こうにいらっしゃったのに…」
「向こうでエミリー先生にそっくりな不思議な女性を見ましたよ」

同時刻に、異なる場所にてエミリー先生を目撃するという “奇妙な” 現象が起き始めたのだ。


そして、決定的な出来事が起きてしまった。






ある日 いつものように教室で授業をしていたエミリー先生が、なんと教壇の上で2人に分かれてしまったのだ!!!

教壇の上でチョークを手に持ち、わずかに異なる動きを見せる “2人” のエミリー先生が
そこには居たのだ。

そして 驚くべきことに、この2人に分かれたエミリー先生をその教室に居た22人の生徒たち全員が同時に目撃したという点だ。

また ある生徒はエミリー先生と談笑中、ふと見た鏡に2人のエミリー先生が写っているのを見て
失神したという。




そして エミリー先生のこのような分身騒動がピークに達したのは、ある日の夕方のことだった。



 二階の大きな教室で、他の先生の指導を受けながら42人の生徒が
刺繍をしていたときのことだ。

教室の下の花壇ではエミリー先生が花を摘んでいたのだが、

そのうち指導の先生が教室を出ていったのと入れ違いに、
エミリー先生が入ってきたのだ!!


しかし、先生の歩き方はまるでロボットかなにかのようなギクシャクしたものであったという。

何人かの生徒は下の花壇を見ると、エミリー先生が、あいかわらず花を摘んでいるではないか。


勇気ある生徒が先生に触れてみると、それはなんとも形容しがたい感触だった。
また先生の体を手刀でスッと切ってみたが、手応えはなく、なんの変化もなかった。

こうした事件が相次ぎ、父兄にも噂が広がり、騒ぎとなってしまい 学校としてはやむなくエミリー先生に退職を勧告せざるを得なくなった。

このときエミリー先生は、

「私は今まで、同様の理由で18回も職場を去らざるを得ませんでした。」

と語ったという。


そして、ラトビアでのこの一件以来 彼女は逃げるようにモスクワ方面に去ってからは
一切の消息を絶っているのだ。



















これは、1904年に勃発した日露戦争時の出来事である。





とあるロシア兵の捕虜が、


『白い服を身に纏った日本兵はいくら撃っても倒れなかったが、一体あれは何者なんだ。』


と口々にいってたが、

当時白い服を着た日本兵などいなかったのだ。


このミステリーは、遠野物語に載ってる話であり 現在まで一部の人間によって語り草となっている戦争エピソードである。