「シックスセンス」で有名なMナイト・シャマラン監督の作品が「サイン」だ。


「シックスセンス」が、あまりに好評だったため、「サイン」はB級映画といわれている。

内容は

ミステリーサークルが自分の畑に出来て、それが宇宙人のサインであり、やがて襲ってくるという内容で、やはりB級だという感じは否めない。

でも、そのサインには実は2つの意味が込められている。

息子が気管支喘息だったり、娘がいたずら好きで棚にいつも水の入ったコップを置いていたり、弟が野球の元ホームランバッターだったりという環境の中で主人公のお父さんは独身の弟と畑仕事をして過ごしている。

やがて宇宙人が自分の家に襲ってきたとき、息子を捕まえられ口から毒物を吐かれて殺されそうになるが、息子は気管支喘息だったため捕まえられたときに呼吸困難になり、その毒物を吸い込まずにすんだ。

また、その宇宙人は水が弱点で、主人公と格闘の末に棚にぶつかり、いつも娘がいたずらで置いていた棚の上のコップが倒れて水をかぶって弱ってしまう。

また、弟は元ホームランバッターで、家に置いてあったバットを使い、その強靭なバットスイングで宇宙人を最終的にしとめることが出来た。

など、すべてのささやかな普段気づかないような伏線が、家族を守るという結果に結びついているのである。

この、普段は気づかないようなところで守られているということが、もうひとつのサインの意味になっている。

そう考えてこの映画を見ると、一見B級映画だが実は意外と奥深い。

そして、それは自分たちの日常生活でも送られているサインなのかもしれない。

「自分に降りかかる悪い事」は印象に残る。

でも、「良い事」は印象に残らない。

例えば、通勤時などで電車に一歩乗り遅れたら、イライラしたりしてしまい、なんてついていないんだと印象に残る。

ヘタすると午前中いっぱいなんかどこかでイライラしっぱなしになってしまう。

しかし、通常通り電車に間に合っても別になんとも思わない。

当たり前だという気持ち。

でも、実は風邪を引かずに健康でいられて、仕事に就くこと出来ていて給料も確実に入り、住まいもあって日々を過ごせているという、ごく当たり前の日常を過ごせているのである。

しかし、病気になったときには、その当たり前が非常にありがたかったのだと思う。

病気で長期入院になって仕事も出来なくなったら給料も入らず、家賃も払えなくなるかもしれない。

だから、健康でいられて毎日仕事に出勤出来る事は、「自分に降りかかるすごく良い事」なのだろう。

しかし、その「良い事」は当たり前すぎて印象に残らない。

でも、もし神がいるなら、「サイン」のようにたぶん多大に守られているという事なのだろう。

しかし、人間は一度の電車の乗り遅れでの「悪い事」は、とても印象に残る。

幸せっていうのは、実に小さく気づきにくいものなのかもしれない。

日本はいま戦争があるわけでもなく、本当に平和そのものの環境下で暮らすことが出来ている。

幸せこの上ないはずなのだが、なかなか日々その事に感謝できない自分がいる。

戦争下にいる国民に比べれば、いつも笑っていられる環境にいる筈である。

しかし、常に喜び笑っている事は、生きていく中で非常に難しい。

難しいなぁ。

なんて、ちょっといつもとは違う雰囲気で、考えたことを思うがままに書いてみました。