前回からの引継ぎ『胡散臭い』

……目が覚めると、やっぱりそこは異国の地でした。
連想ノートはなんだか私の思い出話を語る場のようになっていますが、
実はこの展開は少々不本意であり、私が思い描いていたブログの姿とは少し違ってきています。

しかし、ここで軌道修正するのも些か中途半端であり、
やっぱり、話にはキッチリと終をつけて次に望みたいですね。

ってな訳で、インドの朝を迎えた私たち3人は、
前日の飛行機で貰った機内食の一部(水とパン)を食べると、
ホテルの料金が先払いだったこともあって、そそくさとホテルを後にしました。

機内食の一部というのは、インドの食にあまりに恐れをなした筆者が、
機内食をカバンに詰め込んだという、今にして思うと結果オーライだったけど、
思い出としてはヘタレてるなぁ、という行為です。


というか、“水とパン”(パンはコッペパン)という組み合わせの食事って初めてだったんですけど……

なんか、童話とか昔話で「み……水と一欠けのパンを……」とか
ありがちなシーンを思い出しました。


ムンバイは都会ですが、前日の晩には街灯もろくすっぽ無く、
本当にこれでインド一の都市かと訝しみもしましたが、
日替登ってみれば、成程成程、確かに背の高い建物や、
ゴシック建築と思われるチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(ムンバイのメイン駅)
などなど、インドは結構都会と言われる要因がちらほら見受けられます。








……ただし、上方を向いたときに限る。


ちょっと視線を上げて、周囲を見渡すと「へぇ~都会だなぁ~」なんてなるんですよ。
だけど、そこから視線を落として再度周囲を見渡すと、
やっぱりそこは、昨日の夜に見た“インド”なんですよ。

道にはゴミが溢れかえり、至る所から便所のような匂いが立ち込め、
車のクラクションは鳴り止まず、都会なのに信号機もあんまり無い。
そして、道端で暮らしている人たちが山のように……。

社会科の資料集とか好きな人(マイナだと思うが)だったら分かるとおもうんですけど、
ああいう本に紹介されている写真って“よく見えるように撮っている”ってことが、
実際に行ったらわかりました。

本やネットで得た知識の脆弱性をみた、っていうと少し大げさかもしれませんが、
ホント、実際に見てみないと間違った知識というか、
偏った、ある方向からしか見ていない知識をいつまでも信じていたんでしょうね。自分も。


まぁ、話がなんにも進んでいないんですけど、
三人はCST駅(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)を目指しています。

ちゃんちゃん♪


前回からの引継ぎ『インドの旅』



皆様お疲れ様です。
そして、大変お久しぶりです。



自然消滅寸前までいきかけた我が連想ノートですが、
このまま終わってしまうのは何かに負けた気がしてならず(一体何と戦っているのかは不明)、
ちょっと悔しいんでもう少し頑張りたいと思う所存。



さて、あまりに間が空きすぎて、前作の流れがわからんという、
どっかの漫画家みたいになってしまっているっていう現状。
(そんな漫画家はあまりにたくさん居すぎて特に特定する気はありません)
((特に特定……二重になるのか?))


ハイ!! インドのムンバイ、最初のホテル「SHIP」にたどり着いた3人、
カウンターに鎮座するウサン臭さ全開のインド人3人と対面。


それにしてもインド人って、失礼な話だけどどうしてあんなに胡散臭いんだろう?
差別的な発言に聞こえなくもないけど、実際に行ったらマジでそう思う、多分皆。



とりあえず、稚拙な英語(インドは公用語が複数あるため、準公用語として英語を採用している)
を駆使して、一泊したいことを伝えると、「パスポート見せろ」と。
インドに来る前にしっかり事前学習してきた私。
事前に読んだ本によると、パスポート渡すときは注意とか、隠れてコピーとられたりとか、
下手すると帰ってこなかったりとか……いきなりの緊張の一瞬……





ってオイ!!

パスポート机の下に隠すんじゃねーよ!!




長げーよ!!!

机の下でゴソゴソしてんじゃねー!!!(泣





……パスポートは無事帰ってきました。





クーラーありの部屋とクーラーなしの部屋があったみたいだけど、
問答無用でクーラーありの部屋にされていた。


確か一泊¥300~400程度だったと記憶していますが、
クーラーなしだと大体どこでも1/3程度みたい。


止まった部屋は所謂“ドミトリー”というタイプのもので、
大部屋にベットがたくさんあって、一人ひとつのベットがあてがわれているだけみたいな部屋。


部屋は思ったより綺麗で、ベットのシーツはしっかり洗濯されている感じ。


とりあえず、ベット下のロッカーに荷物を入れてシャワーに行きました。
(部屋は真っ暗、周りは皆ヒンズー系、時間は25時、正直ビビりまくり)


シャワー室は、床がタイルみたいな(ていうかトイレみたいな)素材で、
というかまんまトイレで、トイレの個室の壁にシャワーつけちゃいました!!みたいな感じ。



そして、そして、そして……





水しか出ない(泣






あ~もう寝るぜ。
一日目(というか着後数時間)にして、もう帰りたい。
前回からの引継ぎ『既に23時前』

さぁ、最近全く更新出来ていない連想ノート。
まぁ、ぼちぼちと書いていきましょうかね。
見てくれる人はありがとうございます。


さて、インドのタクシー(俗に言う“黒タク”割と安全)に乗り込んだ日本男児3人はというと……

ぐったり、無言でした……

何と言うか、空港を出てムンバイのCST駅を目指して良く道の最中、
初めて見る海外の景色は……



まさに、世紀末でした……

真っ暗な道の中、うっすらと見える壁際に建っているバラック。
外からの景色は丸見えで、薄汚い毛布にくるまっている死体なのか、
人なのかも判別のつかない住民達。

そういう、テレビでしか見たことのない所謂スラム街の光景を目の当たりにし、
到着早々、なんて国に来ちまったんだと言う思いと、
自分が今まで以下に甘やかされた環境で生きてきたのかを痛切に思い知らされました。

おそらくは、私と旅を共にした二人の友人も同じことを考えていたのでしょうが、
タクシーに乗っている間中終始無言でした。


タクシーの運転手さんは、無口だけど真面目そうな人で、後々分かったことですが、
私たちの旅の途中で出会ったインド人の中では、飛び抜けて寡黙な人でした。
そんな、真面目な運ちゃんに連れられて無事たどり着いたCST駅から、
フライト中に「地球の歩き方」を読んで決めたホテル(予約など勿論ありません)を目指し、
深夜0時を回ったインドの街を徘徊しました。

今思うと、結構危ない行為なのかも知れませんが、
当時の若さもあり、特に危険だとは思っていませんでした。


まぁ、しかしインド一の都会と言われるムンバイの夜……




真っ暗で野犬がウヨウヨいました。



……そう、思い出すのはインド首都デリーの空港、インディラ・ガンディー国際空港。
私たちの乗った飛行機は、デリー経由のムンバイ行きだったので、
一旦、デリーに降りてムンバイへ向かう人はそのまま飛行機内に待機、
と言う状態だったのですが、タラップから見えた外の景色は……


メッチャ黄色い砂塵が舞い、
野犬の群れが編隊を作って滑走路を横切っていました。


その時点で軽くビビっていた私たちでしたが、
そんな事はなまっちょろいくらい、インドの旅は大冒険なのです。



さて、野犬の群れをスルーし、なんとかホテルに着いた私たちでしたが、
ホテルの入口は、どう見ても、廃ビルの入り口でした。
(おまけになんか怪しいおっさんが入口の前で椅子に座ってるし)

勇気をだして、おっさんに聞いてみると、やっぱりその入口が正解で、
「そのホテルだったら3階(third floor)だよ」と教えてもらいました。

ところが、3階にはなんにも無く、一瞬驚いた私たちでしたが、
微妙な知識の蓄えから、イギリス英語では、1階は『grand floor』、
2階が『first floor』だと言う事を思い出し、インドって一時英国領だったから、
その名残りということを判断し、4階に向かうと、無事、ホテル入口がありました。



……まぁ、そこですんなり泊まれるわけも無いんですけどね……。