小麦は収穫しても、挽かなきゃ口に入らない。冬の間に少し挽きためておこうと、目下、土間に置いたテーブルの上でせっせとオーストリア製のコンパクトな手動石臼粉挽き機を回している。自分が食べるためはもちろんだが、野菜がない冬場、ちょっとした手土産にも粉が使えると思いついてからは、挽くのが苦にならなくなった。自然農で作り、手で挽いた小麦粉なら喜んでもらえそうだ。
挽いた全粒粉を1回ふるって、フスマと粉に分け、粉を500gずつビニール袋に詰める。500gの粉を作るのに、玄麦が780g要る。所要時間は約40分。
腕がかなり疲れる。休み休み挽く。おまけに、テーブルの上も下も手もとも服も粉まみれ。幸い、土間だから、汚れは一向に気にならない。
土間はいいなぁとあらためて実感。そして思ったことは、農家とは、まずは労働のための家だったということ。昔の農家は昼間だけじゃなく、夜は夜で土間で粉を挽いたり、縄をなったり、藁を打ったりして常に働いていた、つまり、家の中に、常時労働のスペースがあった、それも広いスペースが。
暮らしが変われば、家も変わる。現代の家からは土につながる労働は限りなくはじき出されて、憩いの、癒しの、安楽のための家、さらには自分らしさの表現の1つとしての家になっていて、生活臭・生活感のないスペースがもてはやされる。
我が家のただいま粉だらけの土間、台所とつながった、モノがゴッチャゴッチャの空間は、反対に、生活臭・生活感そのもの。
昔の農家の土間には及びもつかないが、このちっぽけな粉まみれの空間は、ささやかな田舎暮らしの勲章の1つ。また、ここで粉を挽く、その時間、その労働で食を得るというのは、ささやかな田舎暮らしの大きな喜びの1つ。今日もまたせっせと粉を挽こう。