イメージ 1我が家の古井戸の水質検査にやってきた2人。検査は、昨年に次いで2回目だ。温度、電気伝導度、PH(ペーハー) を測っている。

水温は、先回と同じ、山のほうで降った雨と同じ、14,5度だと言う。電気伝導度を測るのは、今回が初。水の中に不純物が多いと、電気が伝わるのが遅くなるとか。PHは計測機器が壊れたらしく、次回へ持ち越し。

何のための水質検査か。

今、山のほうで、廃棄物最終処分場の建設工事が行われている。以前から反対運動を展開している人たちが、井戸を調べてまわっているのだ。完成以前・以後のデータを比較して、水質悪化が見られた場合は、行政になんらかの申し入れをするとのこと。

長い間離れていたふるさとに戻ってきたら、懐かしい風景は、この現実を抱え込んでいた。 

処分場に関しては、半・新参者が軽々にものは言えない。経緯を見聞きしていず、話も限られた数人からしか聞いていないから。現場は、樹木が大がかりに伐採され、赤茶けた山肌が広がり続けている。

安全性の問題以前に、なぜ山の谷にこんな施設を? といぶかしく思う。が、日本全国、ここなら処分場に(あるいは産廃埋立地に)最適、などという場所は、どこを探してもあるまい。適する場所がどこにもないような施設とは、そも一体? 

水質検査の2人、「これからも反対運動をよろしく」と言って帰った。ご苦労様です。

自分にできるのは、モノの最後までを自分の目で見届ける暮らし。できうる限り。それは、モノの最初からをも見ていこうとする暮らし。ささやかでしかないが、循環を。