たとえ泊日程度であっても、旅の細々したことまで書けばゆうに単行本一冊分くらいになる。私のようなすれっからしの旅人であっても、一日に幾度となく感動し、何度も不安に駆られ、しばしば立ち止まって、時には立ち尽くしたまま無我の境地になる。たとえば泊目。私は夕方、福山から尾道に向かう列車の先頭車両進行方向向かって左の座席にいた。旅の前に大林宣彦監督のぼくの瀬戸内海案内岩波ジュニア新書を読んだ。なかに海が見える。海が見えたという林芙美子の文章の一節を引いて、電車が尾道の手前に差し掛かりレールが海の方に湾曲したかと思うと、いきなり左手側に海が見えるのである、そして海が見えたとなるのだ、というような記述があった。東尾道を出たあたりで、車窓から見える景色に釘付けとなった。西日を浴びて町がところどころあかね色に染められている。瓦屋根の一枚一枚が区別出来るほど、空気が澄んでいた。不意に川のような海が見え、あっと思ったらしまなみ海道四国までの高速道路が見え、その先に海があった。向島までわずかメートルほどの湾とも言えない海だ。尾道水道とはよく言ったものだ。福山を出るとき、ケータイで尾道ロイヤルホテルを予約していた。ケータイ画面で地図は一応確認したが、海沿いにあるということ以外、よくわからない。が、電車の窓からロイヤルホテルの屋上看板が見えた。そうか、駅からずいぶんと離れている。尾道駅に着いて、歩いて行けるだろうかと思った。ずっと歩き通しだったこともあって、重いリュックを担いで歩きたくなかったからだ。しかし、タクシーを使う気が全くないので、歩くしかない。海の堤防沿いを分ほど歩いたところで後ろをふり返ると、まさに夕陽が沈むところだった。ここで一服しよう。空がオレンジ色に輝いていた。タバコを吸っていたら、すぐそばを自転車に乗った女子高校生が過ぎ去った。一所懸命ペダルを漕いでいる。白いブラウスが夕陽を受け、体が小さく右、左とぶれるたびに輪郭が光っている。女子高生の自転車が右に回った。と、そこは向島と尾道を結ぶ渡船乗り場だった。福本渡船という看板が見えた。クルマと原付バイクが小さなフェリーに次々と乗って行く。女子高生の自転車もフェリーの中へと消えた。しばらく見ていたら、フェリーは出港し、替わって違う船が乗り場に着いた。もう一本タバコに火をけようとして止めた。船が桟橋に着いた数秒後には扉が開いて、クルマと別の自転車に乗った女子高生たちが飛び出してきた。手にしたデジカメで堂々と写真を撮った。叱られるかと思ったが、女子高生たちはリュック姿のおじさんなんぞには目もくれない。こんな風に止まり止まりホテルに向かったので、メートルちょっとの距離が結局分近くかかってしまった。ホテルの手前に、かての横浜でよく見られるような店があった。店の前にベンチがあって、そこに従業員らしい男がいた。私の顏を見て、彼がこんにちはと言った。私は軽く手を上げ、ここは何の店ですかと訊ねた。カフェです何時までやってますか時までですそれなら来ますそんな約束をしたくなるような男だった。ホテルに入ってチェックインを済ませると、フロントの男に訊いてみた。この近くでいちばん美味しい尾道ラーメン屋は返ってきたのは朱華園とたふじという名前だった。この軒は手帳にメモってあった。が、場所を調べてないので、ロイヤルホテルとどういう位置関係にあるのか、わからなかった。さらに場所を詳しく訊いた。貧乏旅であり奥歯を抜いたばかりだったから、この日の晩飯は尾道ラーメンとし、そのあと余った予算でさっきのカフェに行ってコーヒーとケーキを食べようとその時点で決めた。たふじは定休日だった。朱華園は午後時までやっているはずなのに、店の前を通りかかったら麺がなくなったので閉店しますという札が掛かっていた。がっくりだ。途中でチェーン店系のラーメン屋があったが、せっかくの尾道ラーメンなので、入りたくない。タバコを一服しながらどうしようねと声が出そうになる。と、犬を散歩中の女性が通りかかったので、私は思いきって声を掛けた。朱華園に来たら閉店していて困ってます。美味しいラーメンを食べたいと思う旅人なのですが、私はどこに行けばいいのでしょう真面目に言ったのに、女の人はあはははと笑った。顔をよく見てみたら、歳を少し超えたような容貌で、体重も標準より少し超えたような体型だった。私がよく食べるところだったら開いているから、そこまで案内しましょうかそうしていただけると助かりますと私は答えた。たぶんここから分程度だろう。彼女の三歩後ろをいて行くと、まず一回右に折れ、しばらく歩いてまた左に折れて、ずんずんとさびれた飲み屋街に入って行く。分近く歩いて、スナックみたいなたたずまいの中華屋さんの前に来た。ここなんですけど、尾道の正統的なラーメンですと言って、彼女は踵を返した。私は慌ててお礼を述べたのだが、不思議なことに彼女はまるで亡霊みたいにその場から消えていたのだ。看板を見たらクラウンというらしい。中はスナックを居抜きで買ったようなインテリアだった。が、彼女が言うように味はとても尾道らしい尾道ラーメンだった。この店、朱華園が閉店でがっかりしてたら、犬の散歩をしていた女性に案内されて来ました正直にそう言うと、暇なひとがいるねぇ。たぶんさんじゃないかしらとおばさんはくすりと笑った。旅をしていると、しばしばこのような親切を受ける。今回のたかだか泊日の旅でも、かような親切を受けたのは回を超えた。ラーメンを食べて、ホテルの隣にあるやまねこカフェに予定通り入った。カウンターに座るなり、さっきの男が私のそばにやって来て来ていただける、と思ってましたと言った。彼は寡黙だった。店内の居心地がよかったのでカウンターに時間座り続けたのだが、ときどき私の顏を見てにやっと笑い、ときどき店の外に置かれたベンチに座っているようだった。私の経験で言えば、これまで入ったカフェの中でベストテンに入る。そんな尾道の夜だった。尾道駅に着いてこの時点で時間が過ぎていた。わずか時間のうちに、私は人の人間と短い会話を交わし、彼ら全員から微笑みを返された。そんな夜だ。頭の中でときどき斉藤和義のの一節が流れる。明日雨になってもそれがどうしただからどうしたロックな気持ちと優しい気持ちが交錯する。それがどうした。これでいいのだ、と思う。翌朝、8時から尾道を巡る旅を再開した。
