いま、野球の本を読んでる。

恋愛抜きで選手たちのあれこれをフォローする。


すごく理想だと思った。フォローする側として。

依存されたくはないけど、信頼関係でつながっている。

なんだかんだで、そういう生き方をベースに生きてるなーと思う。


そこで感じる切なさもあれば、悔しさ・喜び、孤独もある。

どこかで線引きをしなければいけないから。

それが人生の浮き沈みだとしたら、超充実してる気はする。でもこうして気づいてしまったって事は、そんな日々から離れているのだろうな・・・



ミツバチたちはたくさんの花を渡り渡って、少しずつの蜜を貯めていく。

集めた蜜を人間にぶんぶん振り回されて、蜂蜜として根こそぎ横取りされる。

採取のしかたや人柄で、「あげた」と思うか「とられた」と思うかが変わってくる。



何事も「あげる」や「あげた」と思って生きている。

「盗まれる」「利用される」という不安も抱えながら。

だけど、失くす事には執着しない。


「失くすことに慣れれば、追いかけることも忘れる」という歌もある。


ミツバチは生まれた時から、ミツバチ。人間も生まれた時から、人間。

だけど、そんな人間がどんな知識を使っても、どんな研究を続けても、蜂の飛ぶ原理はわからないらしい。