相方は自殺をした。
命は失わなかったが、植物状態と言われるようになった。
今まだ、私の中でいろいろな感情がひしめき合ってる。
また、親族の気持ちも分からずもがいてる。
ネットでいろいろと調べて勉強してる。
自殺者の親族の気持ち。
ある掲示板にあった自殺未遂をした人の残された家族の人の
記事を見た。
素直に理解できた。
とても、厳しい内容だったが理解できた。
残された人は多くの悲しみや苦しみを持つことになる。
それだけではなく、多くの怒りや憎しみも持つことになる。
私も同じだ。
相方に対して、多くの怒りや憎しみ、悲しみや苦しみ、後悔。
とてつもなく、大きなネガティブな気持ちを今も持っている。
でも、それ以上の「一緒に居たい」という気持ちを持ってる。
自分でも、それがなぜなのか。
どうして、ここまで苦しいのに。
って不思議に思うことがあるが、
「一緒に居たい」の気持ちが勝っている。
しかし、気持ちの不安定な状態。
ネガティブな気持ちが大きくなる時、
相方に対して憎悪のようなものも出てくる。
正直、「人生壊された」とも思ってしまうこともある。
でも、「過去は変えられない」
「変えられるのは未来」
自分が、どんな「未来」を望むのか。といえば、
やっぱり、「一緒に居たい」だった。
では、親族(長女、長女の旦那)は、どんな気持ちなんだろう?
っていつも考えてる。
きっと、自分と同じような多くのネガティブな気持ちを持っているんだろうね。
自分は、法的には「親族」ではない。
だから、なんの「権利」も持たない。
それは、とても悔しいことだけど、
逆を言えば、なんの「義務」もない。
LGBT(あえてこの表現ですが)だから、
この日本では、認められていないのかもしれない。
でもね。冷静になると、今の私の立場は、とても楽な立場なのかもしれない。
「権利」は持っていないが、「義務」もない。
ということは、「経済的」な部分に関する「義務」を持たない。
これは、現実社会の中では、大きなことなのかもしれない。
自分はその選択肢を選ばなかったが、
場合によっては、相方を見捨てて、自分の人生をやることも出来る。
相方の親族は、逃げることも出来ず、その「経済的な義務」を負っている。
それは、とてつもなく、厳しいものだと思う。
だから、きっと、私には分からない、もっと大きな気持ちを持っているのだろう。
私は、まだ、冷静に今回のことを感じとれていない。と思う。
気持ちが不安定で感情的になってしまうことがある。
ただ、伝えたいと思うことは。
今、ここに、私という人間が居て、
いろいろ感じているということ。
それが、正しいか、間違っているか。なんて、誰にも分からないと思う。
けど、そんな人間も居る。ということ。
逆に、私が理解しなければいけないということは、
「みんなが同じ」じゃないということ。
私は、知りたかった、いろいろ話をしたかったが、
きっと、親族(長女、長女の旦那)には、もっと厳しい環境で
それどころではなかったのだと。。。
真実は分からないが、ちょっと、何かを感じれるような気がする。
ネットをさまようと、多くのところで多くの意見がある。
それらを見ながら、いろいろと考えることが多くなった。
人はそれぞれ考え方が違う。
だから、「個性」なんだと思う。
人を知ることで、自分をまた考え直す。
相方の親族ともっといろいろと話をしたかったが、
今はそのときじゃないんだな。
って思えるようになってきた。
相方は、自殺をした。
でも、今は、「生きてる」
必死に生きてる。
そして、私が望む未来は「一緒に居たい」
いろいろな人が、いろいろな気持ちを持ってしまうことになった
今回の相方の自殺。
それでも、過去は変えられない。
どんな未来にしていくのか。
前を向いて歩いていこう。
と。。。。気持ちが落ち着いている今は思う。。。
相方の「生きる力」を信じてる。
相方とこれからも「一緒に居たい」から。