人吉鉄映会です。
気になる人吉・球磨の鉄道復旧に関して、球磨川治水対策に関しては、「川辺川ダム」建設の是非が焦点になってきたようです。また先日の国交大臣の国としての前向きな支援の発言などがありました。我々も一喜一憂せず、事の推移を見守っていくしかありませんので注視していきたいところです。
さて30回目となった懐かしシリーズですが、以前「はやとの風」が運休になったブログを書いた際、「最近の吉松駅は閑散としている」とディスった手前、以前は人吉機関区と並び、肥薩線の重要な拠点であった吉松機関区の輝きをお伝えしたいと思い、1959年(昭和34年)の様子をご覧いただきます。
多くの蒸気機関車が駐機している吉松機関区 1959年12月
以下の写真は全て吉松機関区での撮影で、車両は吉松機関区所属のものです。撮影日も1959年12月4日と同一日です。ご紹介するのは一部ですが、多くの蒸気機関車が駐機していた様子がわかります。
C5194
C51270 標準デフ
同上 キャブ
C56118
C51142
C51195
C5122
こうしてみると、人吉機関区では山登り用のD51や川線、湯前線用の8620型が多いのですが、吉松ではC型が多いのは面白いですね。さらに吉都線ではDF50ディーゼル機関車も活躍してましたので、人吉⇒吉松の撮り鉄旅(今と違い当時それが一般的だっかかは分かりませんが)はたまらなく楽しかったことでしょう。
今回もご覧いただきありがとうございました。
令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。
コロナもなかなか収束しない状況です。皆さんお体ご自愛ください。
頑張ろう! 人吉・球磨・芦北・八代
祈 復旧!! 肥薩線・くま川鉄道