C622の角度-5は、非公式側のキャブ回りです。
同じ角度で撮影された1971/9の
ニセコ重連終了時のもの(2枚目)と比べると面白いです。

fdrt8_ftさんから、現役時はタイヤが薄かった旨をご教示いただき
過去の画像と比べますと、
1970/8、苗穂全検時:厚みが60mmあり交換なし
1971/9、ニセコ重連終了時:画像ではかなり薄くなっている
1972/8、梅小路前:厚くなっている(C622の角度-4:4枚目)

1970/8以降、2号機はファンため、前補機にかなりの頻度で使用された。
急カ-ブ、急勾配での高速運転と制動で、1年後のニセコ重連終了時には
タイヤはすり減り、かなり薄くなった。
この1971/9から北海道をさる1972/8までの間の画像があまりないのですが
おそらく梅小路行きの前に、苗穂で整備検査されタイヤの交換がされたのだと
思います。(あるいは15または16号機の動輪と交換!?それはないか・・)

苗穂の職員も気合いをいれて愛情を込めた最後の整備をされたのでしょう。


イメージ 1

吹田にて 1986/08/23撮影-1
  下の画像とのほぼ同じ角度、15年の歳月がディテ-ルの変化に表れる。
  タブレットキャッチャ-と、機関助手前方窓の網が除去
  消音パイプ(マフラー)の傾斜が垂直気味に変化
  空気作用管の走行の変化
  また、動輪タイヤは充分な厚さがあります。





イメージ 2

鉄道ファン No.128(1971/12月号)P31折り込みより引用 1970/09/16撮影
  ニセコ重連終了時の撮影
  1970/8月の全検時、厚かったタイヤが薄くなっている。
  テンダ-側面のへこみの影が変わらないのが、嬉しいですね!





イメージ 3

吹田にて 1986/08/23撮影-2
   除去したタブレットキャッチャ-は、今どこにあるんでしょうか?





イメージ 4

吹田にて 1986/08/23撮影-3
   この角度はC62の迫力が強調されるアングルだと思います。