今回は非公式側をアップします。
鉄道ファン1971年12月号の折り込みに
”ニセコ時代現役”の最後の頃の非公式側が載っています。
それと見比べると私の撮影した1986年8月の2号機とは
かなりの差異があります。
”ニセコ時代現役”の最後の頃の非公式側が載っています。
それと見比べると私の撮影した1986年8月の2号機とは
かなりの差異があります。
C622号機は”ニセコ時代”終了後、梅小路入りまでのやく1年
小樽築港機関区で普通列車牽引の任にありましたが
梅小路転属まえに、苗場工場で整備され、
空気作用管は奇麗に並行直角に配管されなおし
動輪のタイヤも厚く新品(?)に交換され美しく化粧されたようです。
(鉄道ファン1972年12月号32ペ-ジ下段)
小樽築港機関区で普通列車牽引の任にありましたが
梅小路転属まえに、苗場工場で整備され、
空気作用管は奇麗に並行直角に配管されなおし
動輪のタイヤも厚く新品(?)に交換され美しく化粧されたようです。
(鉄道ファン1972年12月号32ペ-ジ下段)
ここまでを北海道仕様の2号機としますと
梅小路仕様に徐々に変化して行くようです。
前回書きました煙室ドアハンドルも目立つポイントですが
一番大きい点は
C62に詳しい”fdrt8_ft”さんがコメントでご教示してくださった
テンダーの重油タンクの撤去です。
これは、間違いなく梅小路後変化です。
梅小路仕様に徐々に変化して行くようです。
前回書きました煙室ドアハンドルも目立つポイントですが
一番大きい点は
C62に詳しい”fdrt8_ft”さんがコメントでご教示してくださった
テンダーの重油タンクの撤去です。
これは、間違いなく梅小路後変化です。
2号機は梅小路動態保存初期は
”白鷺号”を牽引して東海道~山陽本線を走りました。
貴重な記録が
C5520 TAさん:http://blogs.yahoo.co.jp/tasa04ta/11211923.html
C6118さん : http://blogs.yahoo.co.jp/xx_enosima_xx/64804788.html
にアップされてます。
(C5520 TAさん、C6118さん、引用許可ありがとうございました)
これをみるとフロントデッキのカンテラ、重油タンクはまだそのままですね。
C6118さんによるとスト-カ-も撤去されたそうです。
”白鷺号”を牽引して東海道~山陽本線を走りました。
貴重な記録が
C5520 TAさん:http://blogs.yahoo.co.jp/tasa04ta/11211923.html
C6118さん : http://blogs.yahoo.co.jp/xx_enosima_xx/64804788.html
にアップされてます。
(C5520 TAさん、C6118さん、引用許可ありがとうございました)
これをみるとフロントデッキのカンテラ、重油タンクはまだそのままですね。
C6118さんによるとスト-カ-も撤去されたそうです。
重油タンクは、東海道時代に装備されたので、北海道仕様というわけでは
ありませんが、”ニセコ時代現役”の2号機の模型には必要なアイテムですね。
ありませんが、”ニセコ時代現役”の2号機の模型には必要なアイテムですね。
次回はキャブ回りのアップ画像を予定しております。
なお、画像の変化の説明は”ニセコ時代現役”鉄道ファン1971年12月号の
折り込み画像との違いで判断しております。

ニセコ時代現役にあったボイラ-上部をはってデフ後方で下に折れる
空気作用管が除去されています。
フロントデッキにあったカンテラもはずされています。
折り込み画像との違いで判断しております。

ニセコ時代現役にあったボイラ-上部をはってデフ後方で下に折れる
空気作用管が除去されています。
フロントデッキにあったカンテラもはずされています。

”fdrt8_ft”さんのご指摘がありました主発電機の消音パイプ(マフラー)の傾斜が
垂直気味に変化してます。機関助手前方窓の網が除去されています。
汽笛操作のワイヤ-(鉄棒)がストレ-トになってます。

キャブにある北海道タイプの特徴であるタブレットキャッチャ-が撤去。
それと一番大きな変化は、テンダーの重油タンクの撤去。