「地に足を着ける」 って、そういうことか...
「地に足を着ける=現実社会から逃避しない」
今の今まで、そういうことだと思っていた
けれど、違う
「地に足を着ける=自分の真実から逃避しない」
が正解
現実とは、この地球上での現代社会のことではなく
真実のリアルワールドは、非物質界であり
この現代社会の物質界こそが、夢の仮想空間なのだ
「地に足を着ける」 は、
「非物質界とかバカなこと言ってないで、いいから地道に働け」
という意味でしょ?
かつては、それが正解で良かったのかもしれない
けれど、いまはそうではない
逆なのだ
わたしのなかで、物質界は1割の世界
真実が捻じれ、逆転した
薄い鏡のなかの世界でしかない
「物質世界だけで生きていた いままでの私」 は
「非物質界のわたし」 のなかの1割だった
これからは、私=わたし
わたしの意識で、この仮想空間を生きる
( 仮想空間もリアルワールドの一部であることに変わりはないから )
「 私にとっての真実=地 」 に足を着けて生きる
急に腑に落ちた
知識としては知っていたのに
確かネブラさんが 「軸足」 がなんとか...ってブログに書かれていたのを
読んだ記憶があるし
おそらく、このブログにも同じことを書いていたはずなのに
ハマっていることに
なぜ気づかなかったんだろう
なぜ解らなかったんだろう
いや、「時機到来」 なのだ
やっと、ちゃんと理解できる時がきたのだ
ダウンロードはされていたけれど
ようやくインストールした感じ
アクティベートされるタイミングというのが
あらかじめ決まっているのだろう
まぁ、そういうこともあるよね
つい映画やゲームの仮想空間の世界に引き込まれてしまう時があっても
ハッと気づいて「リアルワールド」に意識を戻すことが出来る
ずっと、仮想空間を100%リアルワールドだと信じて生きてきたんだもの
ましてや、周りの人たちは、まだその状態で今も暮らしているのだから
引っ張られることがあっても無理はない
どっぷり 「現実社会」 の中で生きていたら
日々の生活に追われて疲弊しきって
私だって、ここまで気づくことはできなかっただろう
そうか...
2015年、病気を理由に私が社会から離脱して
ずっと戻れずにいたのは、戻れなかったんじゃない
戻らなかったんだ
時を同じくして
6年間、毎週末、必ず一緒に過ごしていた元彼に
電話一本で、あっさり振られたのもw
わたしが、そういう選択をしていたんだ
社会や、周りの人たちから距離を置くことで
蛹のように
完全に自分の世界に入るために
そうすることで
本来の自分を憶いだすために
これは 「たまたま偶然」 なんかじゃない
綿密にプログラムされた 「わたしの計画」 だ
NETで繋がる高次元の存在たちは
不特定多数の人たちに向けてメッセージを発信している
そのメッセージを受け取ることすら偶然ではないとしても
たとえば
多くの人にとっては、瞑想や過去世を憶いだすことが
本当の自分を憶いだすために有効なのだろう
けれど
幼い頃から容易に外界をシャットアウトして自分の世界に入れる私は
時折、意識がどこかへ飛んでしまう変人として扱われてきたけれど
どうやら
宇宙と繋がる意識を完全に不活性化しない選択をして生まれてきたようだ
だから
形から入る瞑想がうまく出来ないし
あえて過去世を憶いだす必要もないのかも知れない
いや、本当は
なんだかいろんなバージョンの自分を
幼い頃から 「意識」 として持っていた気がするので
それがいわゆる 「過去世の記憶」 と言われているものなのかも知れない
自分の身体が入れ物で
「今生はこの身体で、私として生きていくのだ」 という認識も
幼少期から直観的に知っていたし...
(誰も理解してくれなかったけれど)
だとしたら、過去世とか
もう知ってるからどうでもいい
スピリチュアルという言葉もそうだけれど
要するに
後から知った言葉に惑わされているだけなのかも知れない
きっとみんなも、本当は知っているけれど
いつの間にか忘れちゃってるだけなんだろう
それぞれが、そういう設定で
いまを生きているのだろう
私は、わたしがプログラムした計画どおりに生きている
だから、私はわたしを信じよう
それにしても...
わたしがプログラムした 「私オリジナルの計画」
なんておもしろいんだ!
わたしって最高だなw