「動くなっ!来るんじゃねー!」


緊張感あふれる男性の声が、ショッピングモール中に響き渡った。

私はラスティア=リン=アスタルト

彼と一緒にショッピングに来たのだけど、こんな状況に遭遇してしまった。

「少しでも変な動きを見せたら、死んでやるからな!」

男はそう脅すと、持っている銃を自分のこめかみに当てた。

…全く、酔狂な男である。

罪も無い人を人質にして強迫するのならまだしも、自分が死ぬから要求を飲めと言い出しているのだ。

周りの客も、誰も相手をせずに通り過ぎる。その脅しに反応しているのは、不運にもちょうど通りがかった警備員だけだ。

…と思ったのに…

「ラスティ…あの男をどう見る?」

彼が突然つぶやいた。

…どう見るって言ったって…

「ただの変質者だと思うんだけど…」

私は思ったとおりに答えた。

「ふぅ…ん…」

彼は口に手を当て、黙り込んだ。

「…ク…クエスタ?」

私は恐る恐る彼に声をかけた。

彼はその男に、興味を抱いたのかもしれない…。

何の変哲も無い、平和なショッピングモールで、非日常的な出来事に遭遇し、しかも、その当事者が訳の解らない要求をしている。

普通なら我関せずと通り過ぎれば良いものを、細かい事まで気になるその性格が、彼の好奇心を奮い立たせたのだろう。

「…なんであんなのが気になるんですか…」

私は呆れたように彼に問いかけた。

「ん?気にならないか?なぜ、あんな不可思議な行動をとるのか。また、彼は何をしたいのか?」

彼の目はらんらんと輝いている…

「…はぁ…別に、気にならないょ…」

私は、面倒な事に巻き込まれる事が無いように祈り、その男と視線が合わないように明後日の方向を向いた…。

申し遅れましたが、この変質者に興味を持った彼こそ、私の彼のクエスタ=ファル=ユピテル。

頭が良いって言うか、発想が奇抜って言うか、天然入ってるのは確かなんだけど、掴み所の無い人。そこが一緒に居て楽しいんだけど。

実家に25mプールを持っている程の富豪の息子。ゆくゆくは、親の後を継ぐらしい。そしたら、私は玉の輿ね♪

…なんて浮かれている状況ではない。

その変な男の話だ。

クエスタは目を輝かせ、その男の方を見ている…。

――ガッッ!!

私は思わずクエスタの腕を掴んだ。

「…ん?どした?」

「…行かないで。せめて遠くから眺めるだけにして」

そのまま放っておくと、その男に話しかけるような勢いだった。

面倒な事に巻き込まれたなら、たまったもんじゃない。危険回避というやつだ。

「えぇ?いや、でも近いほうがよく見えるじゃん」

「あんなの、よく見えなくてもいいじゃん」

「こんな馬鹿げた話、滅多に無いぜ?」

馬鹿げた話って言っちゃったよ。自分でも解ってるんだ…

「おい!そこの!イチャイチャしてるの!」

男が叫んだ。

「おぉ♪」

「あぁ…(泣)」

私たちを呼んだであろうその男の叫びに、クエスタは喜んだ。そして落ち込む私に声をかける。

「彼は、僕が歩み寄ろうとしたから呼んだのかな?それとも、ラスティが拒む姿を見て呼んだのかな?」

もはや、私の中ではどちらでも良かった。

「こっちが呼んでんのに、イチャイチャしてんじゃねーよ!」

男は更に苛立ち、声を荒げて叫んだ。

「ほら、そこの女!こっちへ来い!」

…ほらぁ。面倒な事になったぁ…

わたしゃ、本当に泣きたいよ…と、落ち込んでいる時だった。

「断るっ!」

え?

辺りに響き渡るクエスタの怒号にも似た叫び声。

クエスタ…私を守ってくれた…

なんだかんだ言っても、やっぱり頼りになる彼氏なんだよね。

「っんだとっ?てめえ、言う事を聞かない気か?」

抵抗するクエスタの声に、興奮冷めやまぬ男が叫ぶ。

「何故、貴方の言う事を聞かなければならないのか」

…いや、正論ですよ。クエスタの主張。ただ、今更なんですが…

でも、私を守ってくれているから、いっか。

「言う事を聞かねーと死んでやるからな!俺が死んだら、てめえのせいだ!てめえを怨んでやるからな!」

「貴方が死ぬのは勝手だが、それは他ならぬ貴方自身の責任だ。他に責任転嫁をするな」

「うるせー。てめえが何と言おうと、俺の言う事を聞かなかったのが悪ぃーんだ!」

男は更に興奮し、銃を口にくわえ込んだ。

『キャーー』

流石にこの口論にこの状況だ。集まり始めたギャラリーが、その男の行為に周りがどよめいた。

「死にたいのなら死ぬがいいさ!しかし、それでは何も変わらんぞ!貴方が死んで血を流すだけだっ!」

「ううへぇ!ほんはひふふははんへーへー」

…銃を口にくわえていて聞き取れない…

張り詰めた空気に、しばらくの沈黙が流れる。

……

「大体、何故死のうなどと考えるのだ?」

先に口を開いたのはクエスタだった。

クエスタの言葉を聞いた男は、その言葉の内容が響いたのか、緊張した空気に耐えられなくなったのか、今にも泣き出しそうな表情になった。

「貴方の言動で心配して集まってくださった方々が、貴方の自殺する姿を見たいとでも思っているのですか?」

…いゃ、別に心配で集まっている訳ではないのだろうけれども。

ここは突っ込まないでおこう。

「うう…」

男が大粒の涙を落とした。

「…俺だって…俺だって、自殺なんてしたくねーんだー」

――ガシャーーンッ

男は叫ぶと、それまで口にくわえていた銃を地面に投げつけた。

そしてそのまま泣き崩れる。

男は、駆けつけた警備員たちに抱きかかえられ、大事には至らなかった……。





……それからしばらく経った。

「クエスタ、ソフトクリームを食べる姿がかわいい。」

私たちは、クエスタの勇気ある行動に感謝の印にと、管理局から寸志をいただき、それでソフトクリーム片手に歩いていた。

クエスタの何がかわいいかと言うと、私はソフトクリーム片手に食べているのだが、クエスタは両手でソフトクリームを掴んでいるのだ…リスみたい…。

「結局あの男、失恋のショックであんな騒動を起こしたみたいですね。」

「うん~…。」

…?

「何か、気になることでも?」

「あぁ。気になることは沢山あるぞ。」

そういうと人差し指を立て、見つめながら語りだした。

「まず僕としては、自殺する者の心理が気になるな。人はいずれ死ぬのに、何故死期を早めようとするのか?」

「まぁ…それは、自殺志願者特有のものじゃないですか?自殺をしたいのですから…。」

私には、何故そんな疑問が湧くのかも気になる…

「人は、何故死ぬのか?また、何故、死にたいと思うのか?」

ん~~

正直、私にはどうでも良い話だ…。

死にたいとか、生きたいとか、何かをしたいとかって欲求なんて、どんな人でも持つ事だと思うし、どの人がどんな欲求を持ったとしても、不思議じゃないと思うんだけど…

「それでクエスタは、自殺志願者がどういういきさつで死にたいと思ったか?とかが気になる。って事?もぅ、どうでも良いじゃん…精神科医でもないんだし…。」

私は、素で困ってしまったので、困ったように答えた。

その時!

――ピコンッ!

???どこからともなく、ピコハンが飛んできた?!

「ばか者ぉ!」

クエスタが立ち止まって言う。

先ほどのピコハンは、クエスタによるものか…(しかし、どこから…?)

「相手が誰であれ、どういった心境でどういった心理にいたったのか?それが、人を見ると言うことじゃないか!人の心理をないがしろにして、相手を思いやることなんてできない!」

そう、両手に持っていたソフトクリームを片手に持ち替え、拳を握って力説した。

「…なんか、とって付けた様な理由ですよね…そしたら、クエスタは見ず知らずの自殺志願者にまで思いやるって事ですか?」

「……そう、ありたいとは思うが…」

先ほどの力説とは裏腹に声が小さくなる…。

「…それというのも、あの言動がおかしいのが気になるんだ。どう考えても、自分を人質にするなど意味が解らない。」

「それは…失恋のショックで、自分でもよくわからなかったとか、自殺することで、相手にダメージを負わせたかったとか…」

「死ぬのが目的なのなら、もっと邪魔などされない、有効な手があるだろう?」

「騒ぎを大きくしたかったとか、本当は死にたくなくって誰かに止めて欲しいとか――」
「――そこっ!」

私の声にかぶるように、クエスタが声を上げた。

…どこ?と、辺りを見回す…。

「いやいや、そうではなく。自殺志願者は、本当は死にたくないのに、何故死にたいと行動をするのか?」

「やっぱり、怖いんじゃないんですか?てか、もう良いですよ。折角のデートなのに、自殺志願者の心理を探るだなんて嫌だょ。」

本当にうんざりしてきたので、泣き出すように声に出した。

「ごめん。でも、最後にもう一つ。」

クエスタは間髪を入れずに語りかけた。

「あの男の持っていた銃は、どうやって手に入れたんだ?」

…確かに。

あの男の理不尽な行動に目が行ってしまったが、ただの民間人が銃を手にするだなんて、簡単に出来る事ではない。

「…偶然というか、妙な事が重なり過ぎている気がするんだよね…。」

クエスタは、意味深に私にささやいた。

このクエスタの懸念が、後に大きな事件につながる事となる…。