おはようございます。
◇は、多少読み書きを覚えた頃、園児だったでしょうか。
小さい頃は、亡き祖父も元気でした。
寂しいことかもしれませんが、正直に言いますと
もう、どんな音で話してくれていたのかも、記憶にありません。
もっというと、◇がうんと小さい頃に亡くなった曽祖父の声は
もっと前に記憶にありません。
姿(威厳)、思い出という過去(の存在)だけが、
残ってくれています。
さて、今朝は、子供の頃の◇(しかく)が、男性の話し声を聞いて、
始終視ていたもののお話をさせていただきたいと思います。
みなさまは
男性の話し声(音?)が、なんなのか。
考えられたことがありますか?
先ほど、祖父と曽祖父の話をしましたが、
年配の男性だけではありません。
若い方も、そうです。
あまりにも子供の場合、それは シトシト 降りそそぎます。
男の人の話し声は、静雨です。
もちろん、すべての男性の声が、静かではありません。
自音が大きい方、音の響きが低く重たい方、
中だけ(空間に出す以前)で共鳴してしまって、
その外側に、押し出してゆけない方、
※しかし、こういう方だって、音を持っていらっしゃいます。
そして、苦労して放った音は、1つ1つが確固たる意思があり、
私達・我々は“ここにいますよ” “今、出てきていますよ。”と、
挨拶しながら、同じ空間を浮遊して教えてくれます。
いろいろな方々がいらっしゃることと思います。
地球上に男性はあふれかえっているので、
生まれたら生まれっぱなし 、生きっぱなしの
数やアルファベットたちと 同じく、何??通りも、
たとえを用意しなければならなくなります。
男性の話し声は、
静雨(せいう)といいましたが、
実に静かな雨です。
五月雨に・・・、梅雨?
霧のように、降る(お話しになられる)方々・・・。
◇が 幼少の頃、どの男性にも抱いた印象は、
<< 繊細で、自然に似て美しく、本当に温かい雨 >>
を
お話しになられる
不思議な人たち・・・・。
でした。
これは、今でも変わりありません。
特に、自宅以外のある場所においては、
まさにそうです。
何度も言ってしまい、たいへん恐縮ですが、
◇は子供の頃から、聴こえた音が、すぐさま映像化して
目の前を流れてしまいます。それも永延にです。
こうして Blog にしない限り、止め処ないのです。
当時、◇の周りにいる人たちは、男女比でいうと
男性のほうが多かったです。
みんな始終穏かでしたが、仕事のときは
かなり厳しい顔つきになっていたので、
◇は、いちいちその方々の発する
エネルギーの強弱にアタフタしていました。
社会の中に、男性は必ずいらっしゃるわけです。
TPOにもよるでしょうが、
饒舌な人よりも、沈思していらっしゃる方が、
多い気がします。
印象に残っている男性の雨は、今のところ・・・10人位でしょうか。
それはやはり、
亡き祖父と、数学の恩師、英国式庭園についてお詳しい先生と、
勤め先の上司と、中学の頃の英語の先生、
在学中。尊敬申し上げていた5つ上の上級生方、
他・・・ご親切にしてくださった方々。
それぞれ雨(=聴こえた音)の印象(降っていた場所=映像)を記載します。
◆ 生前の祖父は、
乾いた黄色いサラサラの砂とラクダと、梅雨の雨でした。
◆数学の恩師は、
(おそらく先生のご自宅のお庭を◇はベランダから視ていました。)
大き目の植木の葉に まあるい雫がのっている、小雨の朝でした。
◆英国式庭園についてお詳しい先生は、
独特な口調で、年季のこもった錆付いた声でした。
ユニークな音のブロックが飛び交っていましたが、
雨でいうと、常に乾いていました。
乾燥した雨が空気に包まれて降りそそぐ・・・
降ってくる・・降ってきた。あ、まだ降ってる・・・。
なかなか止まない冷暖の雨でした。
◆ 勤め先の上司は、慣れると夜の夏の雨ですが、
初対面期間中だった頃は、電話の取次ぎがこわかったです。
名乗るときのカツゼツが良すぎて、飛び道具系の声をしています。
◆ 中学の頃の英語の先生は、やはり乾いていました。
土ぼこりのタイヤと芝、その上をそよ風が走る中、
よく聴くと、とんでもなく(深くて重たい)
乾ききった雨が、横からザザーと、
やってきました。
他に、若い方でいいますと、
何名かいらっしゃるんです。
◆ 5つ上の上級生方についてですが、
2・3名尊敬しておりました。
ただ、今お声まで覚えている方は1名しかいらっしゃいません。
当時、本質(際立った人間性)を視ておいて良かったです。
これはあくまで◇の独断と見解ですが、
ここに書いてもその方は見られない気がいたします。
興味がないと思うからです。
それでも一応、書いておくことにします。
お名前を出すことはできませんので、
仮名を自然さんといたします。
◆ 自然さんの話す音は、
現時点よりも気が遠くなるほど、遠い場所に降らす雨でした。
ひじょうに 興味深かったのは、
彼の声は、
空を数箇所割って、独立した幾つかの白雲をつくり、
あるところまでは直に先々と降り注いでいましたが、
ある地点からは、広大に降らすのです。
実に穏かな静雨でした。
雨にはたくさんの種類があります。
男性の感情を変わりに表してくれているときや、雷雨混ざりの時、
終局のような愁いの季節雨、心底傷ついておられた6月の真冬の雨、
序破急の雨、
温度として暖かくなっていくのを体感させてくださる幸福な雨、
人を助ける・たすけようとする雨、金紙と銀紙(恪勤)による雨、
人生を耕す恵みの雨、シトシト降る雨、
誰かのために止まないでいようとする雨、
感動や感情を与えようと働きかける雨、
もう本当に沢山あります。
恵みの雨といいましたが、
これは主に10代-20代の若者の溌剌とした音が、
空気(空間)と触れ合うことで
蒸発してエネルギーに変わり、
意思を持って動き回る。
おそらく、
そんな仕組みでしょう。
上に色々と例を挙げました。
少ししたら女性についても書きますが、男性は女性と違って、
雨を落とす範囲まで、選んでいません。
男性が発する・話そうとする“音”には、そもそも“選ぶ”という
機能がないようで、それらは満遍なく降りそそがれます。
女性は、範囲を縮小したり拡大しようとしたり策略しがちですが、
男性の場合、重要なのは大地なので、
時間をかけて恵みに直結するのです。
男性も女性もふしぎですけど、人間ですから感情があります。
そこで 人の中にいると 解る:判る こと を、
こうして、たまに更新していこうと思います。
最後に補足です。
◇が男性の中にポンっと入ると、イヤホンをしていない限り、
音を遮断することができないため、映像は始終流れます。
そして今でも、
男性の話す音は瞬時的に、場面と雨に変わります。
中には、そうでない方もたまに、いらっしゃいますが、
多くの場合、雨降り男性の共通として
挙げられますことがあるとすれば、
基本的に靄然とした方々であられること。
常々日ごろ。
これが第一です。
そうでないと、雨ではなく別のものになってしまうのです。
つづく
◇