こんにちは。
今日は
◇が道を歩くとき、
どんな風に見えているのか について、
書こうと思います。
=================================================
※
一度歩いた所は、
3年以上歩きに行かない限り、忘れません。
よく知人に言われるのですが、
「低空飛行をしている
“鳥”のような 視点で
道を見ているよね。
だから迷わないのだと思う。」
と、
小さい頃から 色んな方々に 頻繁に言われます。
たしかに、そんなところはあります。
2次関数のグラフで、凹の場合に近い見方をしています。
ただ説明が必要な箇所は、◇の場合
頂点は、自分の立っている所では ないということです。
(※定義域のある2次関数のグラフ でいうと、)
10代の頃。
長い道をひたすら歩き続けることを、
わりと飽きずにやってきた◇は
目の前のお店(または、路地、あるいは線路)の先・・・・など、
何か目指したものがある場所の手前、もしくは先に向かって
自分の居る場所から ゆるやかな凹のように観えることが、
普通だと感じていました。
実際、帰宅して
「どうして◇は道に迷わないのか。
行ったことのない場所でも、土地勘があるのか。」
という 話になったときに、◇はこういう(上記のような)見方をしていて、
たいていの道は、
『 2次関数のグラフのよに見えている 』 と発言していました。
◇の家族は、健全なタイプですが、
素直な人が多いい家系だったので、
そこらへんは、皆 納得していました。
=================================================
これまで生きてきて、
道を歩いているとき、 『座標がどこにあるのか』 なんて
考えたことも ありませんでしたが、
とつぜん、電柱の存在に気づかされたときは、
「 あぁ、いたのか(=あったのか) 」と思います。
◇にとって、電柱は グラフ上でいう、縦に伸びる線のような存在です。
電柱は地面の中にも根を張っていますから、グラフにぴったりな要素です。
ところで、◇の見ている『 2次関数のグラフ 』 のような 道が、
どのくらい、ゆるやかな凹か というと、
お時間のある方は、
ご想像してみてください。
東京にある
表参道駅から神宮前駅を過ぎて、JR原宿駅のある坂を上りきったとします。
→ このくらいの凹で、しょうか?
※残念ですが、違います。
この道は、例としては適していません。
長すぎるし、やたら面積のある メラミン皿みたいで ただ だだっ広いだけです。
次。
とくになし。
なら、どのくらいなんだ?
と聞いていただいたならば、
皆さんにご用意していただきたいものが ございます。
・長さが測れるもの
・字が書けるもの
・字を書いても いい何か
です。
何故こんな書き方をするのかと言うと、
普通は、
・ものさし
・ペン
・紙
と 書いてくれれば いいのに、
と言う人が大半だと思います。
しかし、
わざわざ ◇の Blog を お気に入りに入れてくださり、
そこから、ご観覧くださる 方々の半分は、
ちょっと 違うと思います。
◇自身、幼少期を振り返ってみて、
普通の書き方をされたほうが、正直
理解が難しかったです。
・長さが測れるもの
市販の “ものさし” ではなく、
人によっては、自分の手かもしれませんし、
何か基準にしているものが決まっているかもしれません。
・字が書けるもの
人が生きていくには“鉛筆”が必要です。
この発明はすごいと思います。
※ここでは特に、語ろうとは思いません。
カラーペン、筆、糸、なんでも
書ける:残せる ものなら かまいません。
・字を書いても良い何か
の 対象物が、
ある読者にとっては
紙ではなく 黒板 かもしれないし、ホワイトボード かもしれません。
地面に膝をついて ホケンソフトチョーク で書くかもしれないし、
壁に向かって 消えるペン で 書かれるかもしれない、
人、それぞれです。
18歳の夜、どこかのお店のシャッター に 方程式を(計算しだした)落書きしている
私立大学の学生を見た覚えがあり、夜だったので印象に残っています。
◇自身は、すこしでも 白紙のスペースが見つかり次第、書きます。
愛用している ボールペンが数本あるので、それで書きます。
次、◇の Blog が更新されるまでに、見つけておいてください。
それまで宿題です。
では、よい週末を。
◇