「国民にばら撒く2兆円のお金があれば、太陽光発電世界トップの座を
取り戻せる!」
2005年にドイツが日本に変わって、太陽光発電トップに立った。理由は太陽光発電による電力を通常の2倍ほどで買い取る制度を採用したからである。導入すれば10年以下で回収できる。
驚くべきことに、同時期に日本は国の太陽光への助成金を打ち切った。国内の需要は一気に収縮した。
すなわち技術力で負けたわけではない。政策の差である。
ドイツでは電力会社の負担増は国民への負担(一人500円)で乗り切った。
一人500円ということは国全体(日本)で600億である。
なぜこの国の指導者は600億で太陽光分野で、世界トップの座を取り戻すと語らないのだろう。(机上に中期的目標はある)
インセンテイブを与えれば、1家族3KWで200万のお金を出そうという人が多数存在するのである。現金をばら撒くよりもよほど経済効果は大きい。
現在政府は来年度、助成金形式で20万程度を考えているが、やや中途半端である。先の優遇買取制度を併用すれば2,3年でトップの座を取り戻せる。
公共事業に捻出しようとする10兆円の30パーセントでも割けば、さらに風力、非食物系バイオエタノール等の自然エネルギーでトップクラスとなる事も不可能ではないだろう。
深い危機に問われるのは、勇気ある迅速な対処と未来への構想力である。
日本が未来への構想力を持つ指導者を持たないということが、日本にとっての最も大きいリスク要因である。
(追加分)12月10日
『政界で起こっていることの深層』
政権の支持率が20パーセントを切る勢いである。
自民党内でもどこかのタイミングで泥舟から『かっこよく逃げ出す準備』が始まった。
(ごく1部には党内で改革の努力をしてそれが入れられなかったという筋の取った議員もいる。)
ではなぜこれほど急激に国民の支持が低下したのか。小泉は支持されたが、その後は3人(現政権も入れてある)とも短命政権となったのはなぜか。
重要なポイントはそれら3人の個人的資質がそれ以前の首相(小泉は除く)より著しく劣っているとは思われない点である。
歴代首相並みの資質を持ちながら、政権が短命で終わるということは、政策内容が「短期間で破綻する、スクラップ化する」「歴史的試練に(短期的にも)耐えられない」ものであったということである。
日本の歴史的課題がそれを担う器を求めている、ということである。
ではその課題は何か。小泉内閣が試練に耐えたことにヒントがある。(もちろん完璧などはありえず、製造業への派遣を認めるなど、労働市場の自由化の粗雑な料理法もあった)
小泉改革の基本は
①『官から民へ』
霞ヶ関の既得権益(官僚の指導)が歴史的価値を失った、むしろ足かせになったと言う判断。
②『規制から自由競争へ』
広い意味では①の中に入る。規制は官僚の指示(指導)ということであるから、エリート官僚の判断より民間の知恵のほうが勝るという事である。
③『中央から地方へ』
中央の権限を大幅に地方(現場)に移したほうが効率がよいという判断。河川、道路管理その他、国と地方の二重行政の膨大な無駄をなくそうというわけである。
これらの改革はひとつのベクトルとして共通の目標に向かっている。
それは『生産性の向上』である。
政権が短期で終わるということは重要な意味を持つ。
日本は少子化、超高齢化、1000兆円の国、地方の借金と言う現状で、グローバルな競争(競争水準の上昇)にさらされている。
しかも生産性の順位がトップクラスから10位以下に落ちたままである。
迅速な対処(根本的には生産性を上げて競争力を持つこと)がなければ国が破綻するという警告が『短命政権』という形を取って現象化していると見るべきだろう。
ここで画期的動きが出てきた。
政府の諮問機関である『地方分権改革推進委員会』がクーデター的『第2次勧告』を出したのである。
委員長のこれまでの行政改革要求は官僚により、ことごとく(実質上)無視されてきたがここで一矢報いることとなった。
内容はまず出先の1万人を将来的には3万5000人(出先職員の36パーセント)を国から切り離して二重行政の無駄を省こうというわけである。
人を削ると言うことはその職員が担っていた権限も地方に移すということである。
ここで重要なことはこの勧告が官僚への根回しなしに突然出されたということと、具体的数値目標が入った点である。
官僚にとっては「驚天動地」のできごとで、はやくも『こんなことは聞いていない、実現するはずがない。」との反応が報じられた。
重要なのはここから先である。
この委員会の有力委員の口から『この勧告に自民党、民主党がどう反応するかだ』と述べていることである。
すなはち、官製の委員会答申が次期政権を念頭に置いた勧告(この政権でとても実現しそうもない内容)を出したのである。
政権の崩壊は中から起こっている。