「2009年問題」(2)

前回に引き続きポスト京都議定書の社会の姿を考えて見ます。


(1)「人々の価値観が根本的に変わりはじめる」


環境に配慮する生活は、ある種苦痛や禁欲を伴う味気ないものというのが現在の平均的意識であろう。

しかし従来の量的豊かさ、お金という一元的価値尺度、果てしなき欲望の拡大など人生の密度が量で測られる価値観は急激に衰退するであろう。

「モアー&ファースト」に価値を置く美意識の崩壊である。


理由は、これらの欲望充足には多くのエネルギー、二酸化炭素排出を伴うからである。 そしてこれらエネルギー多消費型の美意識は人類の未来を根底から脅かすものであり「悪しき、忌まわしき美意識である」と本気で評価されるようになる。


新しい美意識は従来のそれの対極のものとなるであろう「スロー&スモール」がキーワードになるだろう。もちろん産業革命前の価値観に戻るということではない。現在当たり前のように利用されている利便性に厳しいふるいがかかるということである。少なくとも価値観の内容のベクトルの方向は逆向きになる。


たとえば豊かさの証でもある各種電気製品や車等の製造メーカーには大波が襲いかかることになる。

現在の若者の車離れ、最も競争力のあるトヨタのアメリカでの大型車の減産、コンパクトシティづくりのトレンド化等は環境革命後の価値観の先駆的反映なのかもしれない。スローフードやスローライフも環境革命後の価値観を先取りしたものだろう。


上記はほんの一例で、2009年問題の社会に与える意識面での影響はハード面の影響と同様、計り知れないほど大きいものとならざるを得ない。