だれでも、つらい事や、悲しみを、抱えて生きている。
それを口に、するかどうかは、本人次第(肯定も、否定も、しない)
すくなくとも、わたしだすわの主人公の摩耶は、友達の相談には、親身に聞き役に徹していても、我が身の不幸を、語ることは、しなかった。

わたし・・のあらすじ・・

要は、学生時代の友達の前に、あらわれ望みを、叶えると、いえば・・、みも蓋もないのだが・・一人目は、路面電車の運転手、世界の路面電車を、見て回りたい、   資金と資料を、提供するのだが、奥さんが、使い込みホストなどに、お金を、使い夫婦なかも、険悪に・・・

二人目は、女友達の所に、  しかし富豪に嫁いだ彼女は、逆に、摩耶を、心配して洋服を、買おうと、するが摩耶は、ジャージの方が、よいと※1 しばらくして、彼女の夫の会社が、不始末を、起した上に、急死と、いう、絵に描いたような不幸に・・
しかし、摩耶は、そんな彼女の前には、すぐには、現れなかった。
責める彼女に、「そんなときの気持ちが、わからなかったから・・」と
そして、金塊五つ、1500万相当を、渡すのだが、摩耶は、「この重さは、愛の重さ」と告げる。
彼女は、それが、直接的原因では、ないが、死に至り、摩耶は、それに、責任を、感じる・・

三人目は、マラソンのランナー、アメリカで、オペを、受ければ治ると、いうもの、 

四人目は、研究者 内容が、国家レベルな為、最後に、研究を、進めずお金を、返すと、いう選択を。。

これらが、淡々と、劇的な発展もなく、進む、  評論家の評価も、
概ね、さほど高くは、ないのだが、ふとした時に、見直してみると、(特に、弱ってる時)摩耶のやさしさ、おもいやりが、浮かび上がってき、少し人のやさしさの在り方を、考えさせられるんだ、  個人的見解だけど・・