高齢者と障害者 | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。

社会において、表舞台にいない存在
活躍していない分類

今の社会ではそのように位置付けられている?

数年前に
養護老人ホームで働きました。

先輩職員さんから、

同じ世界を生きる人が
職場にいるのは、いい事
                              といわれました。

当時の私には理解出来なかった。

高齢者は、年齢を重ね、
            活躍の場所が限られてくる。

世代交代
体力の限界    

その中で

健常者とは違う能力を使う障害者は
                         どのように映るのだろう。

益々、標準化を求められる世の中で

標準から外れたら、
どのように生活の場所を作れば良いのだろうか。

まだインディアンフルートを習い始めた頃
  知り合いのディサービスで演奏させてもらった。

左手だけで演奏する私は、
     どのように受け止めて頂いたのだろうか。

何かを始めるときにいつも思う。
私は、
アクセルとブレーキを
      おもいっきり踏んで動き出す    と。

だから、
凄い行動力と見られる。

でも、
内面は、必死の余裕ない努力    で
とても
苦しくて緊張して、疲労感と心配ばかりの
困った状態

この行動パターンから卒業して
楽しく生きていく  

 私の目標は、たくさんの方も求めている状態だと
思います。

まだ習慣には出来ていないけど、
見つけたいと感じています。