告白 | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。

私は生後3ヶ月で、
病気を発症し、右肩切断による障害者
になりました。

              病名は、脂肪肉腫

当時の医学では、病名も診断できず、
アメリカに細胞を送り、
後から病名がついた    と聞いています。

今なら、障害者にならずに
                            すんだかもしれない。

でも、命を救われました。

この奇跡を、社会に役立てたい。
障害者を健常者と同じ社会で
                   活躍できる場所を作りたい。

障害者目線からの
           役立つ力を社会に活かしたい。
可能性の追求の素晴らしさを
                証明できたら嬉しい。
いろいろな人が活躍する
              共存共栄の社会の一歩になりたい。

教育の現場から、
            人の器作りから思考が進歩したら
           優しい社会  が出現するかもしれない。

そんな理想を抱いていた。

障害者が健常者社会で生きること。

意外に差別があった。
←努力を評価されない。
←障害部位の目立たない人は、
                  高齢者より優遇されない
義手義足は子供のオモチャ扱い

命は
     どんな状態でも
             敬意を持って接して欲しい。

与えられた器を
        一生懸命に経験している
                  存在に敬意を持って欲しい。

たとえ、目の前の人が

自分と異なるタイプの人だとしても
自分と異なる環境の人だとしても

その境遇が自分の経験にならないとは
                                    断言出来ないのだから。

医療の進歩は、命の寿命に貢献している。
科学の進歩は、負担軽減の医療器具を
                                 提供してくれている。
国際化社会は、いろいろな国の人との
                                     交流を増やしている。

それなのに、
     何故、自分や
                  標準化と異なる人を
             受け入れない思考が消えないのか。

マニュアルやガイドラインが
たくさん作られる。
けれど、
応用力は、磨かれているのだろうか。

命を守る為に、
状況判断能力を育てる  には、
何が必要なのだろうか?

道具は、充実してきている
のに
進化できないのは(@_@)

私は、たくさんの障害物に
                ぶつかりながら、
いろいろな視点を持つよう、
            育てられてきたのだと思う。

だがら、共感力を磨けたと思う。

でも、私は障害者でもあるが、
                    感情を持つ人間でもある。

私の経験は、社会の為に
                      活かすものであって欲しい。
でも、私はひとりの人間として
                  幸せを感じる生き方をしたい
                         と思うようになっている。