母娘 | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。

連休明けの朝、絶対に家族はいないと確信して電話しました。 (悲しいけど、母と連絡を取るには仕方がない・・・・)


電話口の第一声は、


「どうしたの?何かあったの?」    でした。 o(・_・= ・_・)o


先日、出先で痛いところに塗るクリーム・・・・

(裏効果は、幸運が引き寄せられる???楽しいクリームです。)          

     

           o(〃^▽^〃)o


母に絶対に使ってもらおうと清水の滝から落ちる気合で購入したものを

渡すための連絡でした。


午前中は絶対に安心と確認し、

   

      (以外に慎重な私  (;゚Д゚)! )


母に会いに行くと、


「昨日転んで・・・腰をひねった。」ということでした。 ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


そして


「あんた、よくわかったねぇ。昨日、動けない時、連絡したかったよ。

  気持ちが通じたのかねぇ・・・」


としみじみ考えている様子。


虫の知らせ・・・もあったのかもしれないね。


会えなくても、私をここまで育ててくれたのは、


     お母さん

                     ですから。


不思議な力で繋がっているのかな・・・そんな気持ちです。


だから、心配するのはやめよう。心の奥で会話すればいいんだ。


私の想いを行動にするのは至難なこともあるけど、


想いを念じる・祈るのは、自由にできるから。


それと・・・・・もうひとつ、感じたことがありました。


      ('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)


母と過ごした少しの時間の中で、思うように動けないカラダに


介助したら


『甘えちゃうから、大丈夫。ひとりで頑張る』っていわれた。


これは、介護現場でも感じていたけど、


              実は、すごく違和感を感じる言葉だった。


自立を促す介護・・・・・という表現をしている。


本来、できる力があるのに、甘えて怠けて依存するのを予防する意図がある。


けれど、人は好んで、誰かに自分の世話を頼まない。


ひとりで生きていく力に障害物が落ちてきたら、

                 24時間必死に生きる為に戦っていくしかない。


頼る中にも切なさがある・・・


だから、頼れる相手がいたら、少しでも甘えて、戦う時のエネルギーに

して欲しい。  私はこう、考えています!!!


いつか、治る障害なら、病気なら、依存するな  という気分もわかるけど、


一生つきあう不自由さと共に頑張る人に、手を差し伸べてあげたい


と私目線では考えてしまう。


母から

『この体になって、おまえの辛さがわかった。』と言われ、複雑な気分・・・


母から学び、娘から学び・・・


これが同性の親との関わりのひとつなのかもしれませんね。


                       大切にしたい と痛感しています。