天職探し | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。

週末は、私にとって大きな学びがありました。


障害者って、特別な存在ではないのかもしれない・・・・

いつ どんなタイミングで  


健常者  →   障害者   としての人生が始まるかわからない


と感じるようになりました。


私は、物心つく前に、『障害者』となり、


恵まれない家庭環境で育ったため、 自分が障害者であることを

受け入れずに来ました。


(幼少期は、恵まれないというより、運命として、この体でいる限り仕方ない仕打ちと思ってきました。青春期に、自分の家庭環境と世間の違いに気づいたのですが。)


ある時、ふと気がついたのですが・・・・・・・


不自由を覚えたとき、無意識に働く工夫の行動は


長年この不自由な体と付き合っていくために

          知恵を振り絞って出そうとする癖の結果だったようです。


ダメなところが目に付きやすい性格ですが、


ちゃんと自分の長所に、特技に変換する『視点』を学習していました。


常識と思う社会に生活していないので、別の視点を持つことができた

ようです。


そんな想いがよぎった時、自分に 

そして

人間の可能性の大きさを信じられる気持ちをもてると気がつきました。


これは、私の才能かもしれません。


どんな人にも特技はある・・・・自分が信じるか信じないかの違いで。


生きてきた過程の中で、生まれた力が、活かせたら、


それが 『天職』ではないかと感じた休日でした。