わたしは、27歳のニートです。
わたしは、小学校二年生まで不登校児童でした。理由は、わかりません。今でもはっきりしません。だって今も不登校だから。
当時、毎朝毎朝、わたしは目を覚ましているのに寝たフリをしていました。親に何回も怒鳴られ叩かれ呆れられ、それでも寝たフリをしていました。わたしは何故か泣いています。
しばらくして、家のチャイムが鳴ります。
登校班の生徒たちです。わたしが定刻に集合しないので、毎朝毎朝チャイムをならしては
「○○くん、まだですか」
と言うのです。
母親がごめんなさいね先に行ってていいよとみんなを送った後、わたしは何事もなかったかの様に起きて、リビングに行きます。
自分で登校班の生徒に先に行っててなんて言えませんでした。なぜなんだろう。
リビングで母親はわたしに気付くと、うなだれた表情でわたしと目を合わせます。
目を合わせられるのは秒数にすればほんの2秒くらいですかね。わたしは2秒後にうつむいてしまうから。
しばらく沈黙が続くと、打開策が見つからないのかわたしを放置して家事にとりかかります。わたしはホッとする気持ちとどうして良いかわからない気持ちが溢れて、部屋に戻り泣きます。
これが基本的なパターンでした。
この他に、準備を終わらせた登校寸前に、仮病を使ったり、一旦玄関から出て登校したと思わせて窓から侵入し一日中押し入れの中に隠れたりしていました。
もしこれらの理由を言葉にするとしたら、面倒くさいからです。まぁ一般的にみればこんなもの、ただの甘えですね。
そのとおりです。
わたしにとって自分にとってやりたくない事項をやらなければならない、というのはとても大きすぎるストレスなんです。
その後わたしは、3年生に上がってから不登校児童ではなくなります。
なぜならその年から新しい道が開通し、学校に行くまで10分ほどしかかからなくなったから。
わたしの不登校の原因は、登校時間の長さだったのです。馬鹿げてますね。
登校時間の短縮により、学校が
行くのが面倒な場所
から
別に行ってもかまわない場所
になりました。
3年生当時の担任が母に我が物顔で、わたしが彼を不登校から復帰させた、という旨の話をしていたのは笑いました。
わたしは元々イジメられてもいないし、友達も普通にいたので、それからは毎日楽しく学校に通いました。太っていたので体育は大嫌いだったけど。
それから高校まで、サボり癖、遅刻癖はあったものの通いました。
でも大学は中退しました。
それからフリーターを繰り返し、今、ニートです。
わたしはフリーターを数年やってみたところ、働くことが大嫌いになりました。なぜなら自分のやりたくないことだから。ストレスが大きすぎるから。
職場というものは、行ってもかまわない場所ではなかったのです。
でも、働かないと生活できません。
知っています。両親にも悪いと思います。
でもなぜなんだろう。なぜ悪いと思っているのに働きたくないのでしょう。この2つの葛藤、あの頃と一緒なんですよ。
わたしは、社会不適合になっていたんです。
もうあの頃から。
前に、怖いけど自殺してみようかな、と思ってベランダから飛び降りようとしたことがありました。
でも足をベランダの手すりにかけると、とても怖くて、心の底から死にたくないと思いました。
わたしは生きたいんです。
でも、働きたくない。だから、わたしは、生きる権利をなくしています。でも、生きたいんですよ。図々しいから、時代が時代なら、社会に殺されてるはずです。でも、こんな時代だから、生かされてるんです。
心の病気なんでしょう。自分から治さないといけない事だって知っているのに実行できないんです。
全部、全部知っているんです。