今回は、久能山東照宮を巡ります。
日本平のロープウェイ乗り場に到着しました。

 

 


東照宮へは、ここからロープウェイに乗ります。

 



それでは、動画でロープウェイの様子をご覧下さい。
合わせて、ロープウェイ内に流れる周辺の紹介もお聞き下さい。

 

 

 

動画で紹介されていたように、

駿河湾の海岸にはイチゴ栽培のビニルハウスが並んでいます。

 



ロープウェイを降りて外に出ると、茶店のような土産物店がありました。
そのすぐ横から、東照宮への階段が続いています。

 







この久能山は標高216mあり、7世紀ごろの推古天皇の時代に、
秦氏の久能忠仁がここに寺を建立したと云われています。
その久能寺は、その後繁栄して大寺院になったそうです。


ところが戦国の世になると、武田信玄が久能寺を別のところに移し、
ここに城壁を設けて久能城を造りました。
北条や徳川への備えの拠点にすることが狙いでした。


その後、武田が滅亡すると徳川のものとなりました。
1616年に家康が亡くなると、2代将軍秀忠は、家康の遺言に従い、
久能城を廃して久能山東照宮を創建しました。

正面に見えているのは楼門です。

 

 

この楼門には、「東照大権現」の扁額(へんがく)が架けられています。

 


これは、将軍秀忠の娘を中宮として迎えた後水尾天皇が書いたものだそうです。

 



楼門を通ると、神厩(しんきゅう)がありました。
中に馬の像があります。

 


これは、家康の墓へ毎日お参りしたという愛馬で、
左甚五郎が彫刻したものだそうです。
眼には、当時高価だったギヤマン(ガラス)が使われています。

この神厩の前の白い花は、オオデマリだそうです。

 


漢字では「大手毬」と書くそうで、納得です。

次に鳥居をくぐります。





右には、鼓楼があります。



次の写真の正面奥に見えているのは唐門で、右の建物は神楽殿です。

 



次の写真で、奥に見えているのは神庫です。

 



唐門への階段は通行止めになっていました。

 



ここから右横へ進み、日枝神社のほうから御社殿へ向かいます。

 







この御社殿は、権現造(ごんげんづくり)という形式で、
前の拝殿と後ろの本殿を石の間で連結した形式になっています。
古くは、北野天満宮がこの形式だそうです。
また、全国の東照宮の原型になっています。


次の写真は、正面から写した拝殿です。

 





さて、次の写真は、拝殿の屋根の軒の飾り金具を写したものです。

 


この写真の一部を拡大すると、白い丸で囲んだ金具の図案が、

周囲のものと逆になっています。

 



これが「逆さ葵」です。
これは、建物が未完成であることを表し、

さらに発展することの願いを込めていると云われています。

次の写真は本殿を横から撮ったものです。

 


残念ながら本殿を正面から撮ることはできません。
本殿には、信長、家康、秀吉が祀られているそうです。

最後に、家康の遺骸が埋葬された場所へ向かいます。

 





次の写真が、遺骸が埋葬された場所に建てられた神廟(しんびょう)です。

 

 


当初は小さい祠だったそうですが、三代将軍家光が今見る石造りの塔に改めました。
明治以降、この塔は神廟と呼ばれているそうです。

さて、再びロープウェイ乗り場の駐車場に戻ってきました。
正面に見えているのは、日本平夢テラスです。

 


この後向かうのが、今回の静岡旅行で最も訪れたかったところです。
次回、そこを紹介します。