島田市にあるお茶のミュージアムに行く前に、

東海道の金谷坂の石畳を見ることにしました。

 




東海道金谷宿と日坂宿の間の金谷峠にある坂道は、

東海道の難所として旅人を悩ませたそうです。
そこで江戸幕府は、旅人が歩きやすいように石を敷き詰めさせたとされています。
1991年に、金谷町民がこの金谷坂の石畳430mを復元したのがこの坂道です。

 

 



次の写真の奥に見えるのは、庚申堂(こうしんどう)です。

 


平安時代に中国から伝わった道教に由来する信仰に基づいて、

土地の人たちが建てたお堂ですが、
旅人たちが安全などを祈願して道中に点在するこれらのお堂に立ち寄ったそうです。

 



ところで、ここの庚申堂は、江戸中期の大盗人「日本左衛門」が

着替えをした場所と云われています。
日本左衛門というのは、諸国を荒らし回った盗賊の首領です。


被害を受けた駿河の庄屋が、江戸の奉行所に訴えた結果、
火付盗賊改方が派遣され、盗賊たちは捕縛されました。
(このとき日本左衛門は逃走しますが、のちに観念して自首し、獄門となりました)
なお、テレビで有名な長谷川平蔵が登場するのは、これより40年程後の事です。

「石畳茶屋」という店がありました。

 



駐車場に戻ると、はるか遠くに富士山が見えました!

 

 




「ふじのくに茶の都ミュージアム」に来ました。



館内の案内図に従って中へ。

 





お茶を試飲させてくれるコーナーがありました。



これは「つゆひかり」というお茶でした。
色も鮮やかで、味も濃厚でした。

 



お茶を飲みながら、眼下の日本庭園を眺めます。

 

 

庭園の向こうには、かすかに富士山も見えています。

 



屋上からは、牧之原台地の大茶園が広がっています。

 

 



牧之原台地というのは、下の地図の緑色の範囲です。

 



館内はまた、お茶に関する博物館になっています。
次の図は、静岡のお茶の産地と銘柄を表したものです。

 



ところで、お茶の原産地は、中国西南部の雲南省の辺りだと考えられています。

 




平安初期の815年に唐に渡って30年滞在した僧の永忠が、
嵯峨天皇にお茶を煎じて献上したという記述が「日本後記」にあるそうです。
これがお茶に関する最古の記録です。

 



同じ頃、最澄・空海ら遣唐使が唐からもたらしたとされるお茶が、

京都周辺の地域に広がりを見せます。

 



そして鎌倉時代には、宋で仏教を学んだ僧侶たちが、

粉末のお茶を泡立てて飲む方法を伝えました。

 


特に、1191年に宋から帰国した栄西は、

宋で流行していた抹茶の飲み方とお茶の効能を伝えました。
それが禅の修行や儀礼の場で使われるようになり、

やがて上流武士や貴族の間で広まって行きます。
それがのちの「茶の湯」に発展していくことになります。
一方、庶民の間では、番茶を泡立てて飲む「振り茶」というのが普及していきます。

最後に、ミュージアムショップへ。

 



ここで買ったお茶のチョコレートが美味しかったです。

 



いろいろな種類があったので、後日ネットで取り寄せましたが、
その後なぜかネット販売が無くなってしまいました。
今は、静岡駅など限られたところでしか手に入らないようです。

しかし昨年、次の写真のような変わったチョコレートがネット販売されました。
しかも数量限定ということだったのですぐに購入しました。

 




これは、抹茶の濃さが7段階になっています。
(8番目の茶色のチョコはほうじ茶味です)

さて、商品が届くや、まず濃度が一番薄いチョコを食べてみました。
やさしい甘さの抹茶味です。
そして次に、一番濃いチョコを食べてみることに。
ところが口に入れた途端、強烈な苦さが口に広がり、

思わず吐き出してしまいました!
多分、最初に甘いチョコを食べたせいだと思います。

現在この商品は販売されていませんが、

濃度ごとに分けた7種類の抹茶チョコが、

「黒カップチョコ」という名前で販売されています。
そして、一番濃いチョコが「オススメ」となっています。(笑)


さて、最後になりましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。