善之新が管制所を出て船に戻る途中、港から伸びる桟橋に見慣れた背中を見つけた。
キョロキョロと動かしている横顔は心細げで、どこか緊張しているようだ。
「橘?」
振り返った彼は善之新の姿を見ると、ホッとしたように駆け寄ってきた。
「どうした?起きてて平気なのか」
「はい。しばらく会えなくなるので、見送りに来ました」
まだ少し青い顔に笑顔を浮かべてそう言うと、橘は利発さの覗くまなざしを細めた。
善之新は彼の頭に乗せた手を滑らせるようにして頬をなでてやりながら、その心中を思って複雑な思いがした。
「すぐ帰って来る」
「はい。でも僕、少しの間、実家に戻ることになりました。ノシンさまとどっちが早く帰るかわかんないですけど」
「おまえ・・・・まさか」
暇を出されたのか。
祖父のしたことの咎が及んだのではと危惧したが、橘は慌てたように首を振って主の顔に差した影を否定した。
「違います。暫時心身を休めよ、って旦那さまが。実家にいる間も俸給をくださいますから」
「そっか。良かった」
父の計らいに安堵を隠さず笑顔になり、じゃあ行くわ、と踵を返そうとしたところに、遠くから声が聞こえてきた。
定期船の乗り場に着いたばかりの船から、善之新の愛称を呼びながら誰かが走って来るのが見える。
「―――チカ姉?!」
善之新からも駆け寄ると、乗り場から程近くで双方が出会う。
「ッはあ、間に、合った」
よろけながらそう言い、支えようと手を出した善之新の肩に掴まる。
「何、どうしたんだよ」
「今日出港だって、聞いたから・・・・見送りに」
「チカ姉・・・・」
驚く善之新を見上げ、その耳に亡き夫の愛用の品を見つけて、チカは嬉しそうに笑った。
「やっぱり、よく似合うわ。髪の色にも目の色にもピッタリだもの」
ったく・・・・橘もチカ姉も・・・・。
まだ自分の傷だって癒えてないのに、オレのために心遣ってんなっつんだよ。
「渚姫、無事に連れて帰って来てね」
「おう」
力強く請け合って笑い返したところに、後ろから両肩に腕が乗った。
そのまま体の前でクロスしたそれにぎゅうっと引き寄せられて、後頭部にネックレスの太い鎖がめり込んだ。
「ナンパとかノシンのくせに生意気なんだけど。ノシンのくせに。ノシンノシン」
「連呼すんなよ櫂斗・・・・ナンパじゃねえし」
おまえと一緒にすんな、と腕を振り払い、ピアスを遺してくれた従兄の連れ合いだと紹介すると、彼は一瞬絶句して、次の瞬間かっさらうようにチカを抱きしめた。
「ひゃッ?!」
突然のことに驚き固まるチカを胸に、櫂斗は声をわななかせる。
「何か困ったこととかあったら、いつでも頼って来るんだぞッ。ノシンが全力で面倒見るからッ」
「え・・・・あの」
「こんな若くて綺麗な奥さん残して・・・・つらかったろうになあ・・・・ッ」
「、苦し・・・・」
華奢な体を遠慮なく抱いてどんどん盛り上がる櫂斗を善之新はバンバン叩いて、チカから引き剥がした。
「締め殺す気かッ!まずおまえが困りごとだッ」
2人の間に割り込んだ善之新の後ろにかばわれながら、櫂斗に噛み付く彼にチカは苦笑いで声をかけた。
「ノシン、大丈夫よ」
「オルァ、そこ2人ッ!10秒で戻って来い、遅い方はスクリューでミンチなッ!」
突然響いた物騒な大声に振り返ると、ハヤブサの船首に仁王立ちになった千尋から禍々しいオーラが燃え立っている。
「うあヤベッ、じゃあなチカ姉、橘も元気で!」
「あ、うん。なんか大変そうだけど・・・・気をつけてね」
「ノシンさまもお達者で」
慌てて別れを告げ、猛然と走り去る櫂斗の後を追って身をひるがえした。
桟橋の途中でなんとか彼に追いつき、もつれ合うように駆け戻る先で、千尋のカウントが聞こえている。
「さーん、しーい、・・・・めんどくせ、じゅう!」
ああッ?!
それでも転がり込んだ甲板で千尋が2人の襟首を掴んで言うことに、
「来い、合い挽きだッ」
いやいやいや、同着だし10秒以内だし!つか、目が笑ってないッ!
千尋は本気wついでに捏ね回されておいしくいただかれるがいいぞwww