マドリードの心霊スポット

リナレス宮殿(Palacio de Linares)
今年の大雪が降った時の写真




リナレス宮殿は キュベレの噴水広場の
ロータリーの一角にあります

ロータリーだから一角とか言わないか?あせる




昔の写真
この頃はまだ
シベレス宮殿  (コムニカシオネス宮殿)は
コミュニティー宮殿のことだと
いつかのブログで紹介した建物が、
右側にまだありません









リナレス侯爵




若い頃の侯爵夫妻肖像画
実は、この二人は異母兄妹で

そのことを知らずに結婚した後で
兄妹だと知り、そのせいで悲劇がおきて
幽霊が出るという伝承です

欧米では、親子で同じ名前なことが多いので
伝承や歴史など昔の書物や言い伝えで
混同することが多くて

この場合も
その少女の幽霊が夫妻の娘の説と
侯爵夫人が少女の頃の幽霊と
2通りあります

古い時代から少女の幽霊は目撃されて
有名な話でしたが

2009年には歴史家の
カルメン・マセイラス・レイが

「ライムンダの秘密」という本を出版して
リナレス侯爵とその妻が異母兄妹で

そのために二人の間に生まれた娘の
ライムンダを殺したという説の裏付けを試みました





2つある伝承のうちの1つは、

NG「侯爵夫人になる前に 父親によって殺された
まだ少女だったライムンダ」説


侯爵の父親はバスク出身の金融業者で
キューバで巨額の財産を築き、
そして政略結婚で愛のない結婚をしました

そして悲劇は
息子ホセ・ムルガが、
ライムンダ・オソリアという少女に
恋をしたことからはじまります

息子の恋人の名前を聞いた父親は青ざめました

実はその少女の母親は昔の愛人の1人でした
豪商が貴族の身分を手に入れたいだけの
政略結婚だったので妻の他に愛人がいたのです

父親は2人は兄妹だと気づいたので
息子に彼女を忘れるように命じました

しかし、若い2人は聞き入れないので
父親は近親相姦のスキャンダルを恐れて
娘を殺して宮殿内に密かに埋葬しました

それ以来、リナレス宮殿では
少女の泣き声が聴こえるようになったという


でも、これは 史実上 ちゃんと結婚してるので
父親が娘を殺した事実ではない



もう1つが
「ライムンダの秘密」という本で
検証された伝承で、

NG豪商の息子のホセ・ムルガが
ライムンダ・オソリアという少女に恋をして、
その少女が彼の父親の愛人の娘であったことまでは
同じで、

違うのは、

父は2人が関係を持たないように、
愛を忘れさせるために、
息子をロンドンに留学させました

しかし1857年、ロンドンに到着してから
たった数か月後に父親は亡くなり、 

すぐにホセはマドリードに戻り
1858年に 異母妹とは知らずに
最愛の人と結婚しました

1872年にホセは当時の国王から
王室への支援に感謝の意を表して
リナレス侯爵とランテノ子爵の称号を与えれて

それと同じ時期にリナレス宮殿の建設も
始まりました

ホセは次男でしたが
両親が相次いで亡くなり、
兄や弟も亡くなっていたので
巨額の財産がホセ1人のものになり

当時のマドリードで1、2を争う財産があったので
とびきり豪華な内装になり

完成は1900年でしたが
侯爵夫人は完成を待てずに
1884年に宮殿での作業がまだ完了してないのに
侯爵夫人は新しい家に引っ越しました

引っ越しする時に
侯爵の父親のいくつかの書類を発見して

父親は若い頃に
煙草メーカーと取り引きがあったこと、
父親が2人の結婚式を承認することを拒否すること、

これらの事実の発見により
ライムンダとホセは異母兄妹であると
確信しました

なぜなら、
ライムンダは煙草メーカーの娘であり、

母親が死の床で、彼女が愛している人を呪い 
彼女を捨てた方法を話していたのを
思い出したからです

兄妹であると
結婚して何年もたってから知ったのですから
夫妻は驚き、恐れて  

そのことの大きい社会的影響や
汚名を考えて
2人は娘を殺すことに同意しました

宮殿の壁の中に
人間の遺体は発見されませんでしたが、
ライムンダは執拗に両親を呼び
宮殿を歩き回っているそうです


…っと これが
「ライムンダの秘密」で検証された伝承ですが

これも 脚色されたもので
真実ではありません



ホセ・ムルガの妻となったライムンダは
父親の分からない女性で、
後に亡くなった侯爵の父の手紙を発見して
それによりライムンダが父の庶子であり、
ホセと半分血のつながりがある疑いが出てきた

ってところまでが史実に基づいていて、

当時、カトリックでは
簡単には離婚ができない時代だったので
夫妻は離婚はしてないけれど
寝室を別にて暮らしていて

実際に侯爵夫人の寝室だった部屋は今もあります

そして2人の間には娘は生まれてませんでした

実は、侯爵がメイドの1人との間に娘を持っていて
この娘が 侯爵夫人と同じ名前のライムンダで

侯爵の弁護士のフェデリコの娘にされましたが

侯爵によって保護、 後援されて
侯爵の死後には 財産の大部分を継承して

数年後に2代め パディエルナ伯爵と結婚しました 

侯爵夫人は1901年に亡くなり
リナレス侯爵 ホセ・ムルガは
そのわずか5 か月後に、銃で自殺しました

侯爵の遺言により
1918年に彼らの遺体は
マドリードから 領地のリナレス
(アンダルシア州ハエン県)に
移されました。





2人の遺体はリナレスのサンホセ病院の地下室にあり
今では博物館に改築されています



現在、リナレス宮殿は
スペインとスペイン語圏の南米を結ぶ
スペイン外務省管轄の
財団法人のカサ・デ・アメリカ
(Casa de América)になっています
ちなみに、
スペインでは「アメリカ」とは
「米国」のことではなくて南米のことで

米国は
Estados Unidos (United States )です








侯爵が亡くなった後、
孫娘が宮殿を相続して売りに出して

その後、何人もの所有者が変わりましたが
誰も住まなかったのは
本当に幽霊はでるらしくて、
何年も無人のままでいて
不吉な建物でしたが、

1992年にカサ デ アメリカの本部に改造するために
改造工事が始まる前に、
徹底的な調査、分析、写真撮影をしました

怪奇現象の存在をイエズス会のホセマリア ピロンの
指揮のもと超心理学者の権威あるチームによって
調査されましたが

実際に超常現象が起こり、 
宮殿で異常なことが起こっているという
結論に達しました

夏でも部屋の温度はマイナス10度まで下がる、
礼拝堂では、突然オルガンの音が聞こえたそうです

20世紀なってでさえも
すべての警報が鳴ったり
さまざまな音、声、落下物、
警備犬でさえ怯えるなどして 

警備員は 恐怖を感じて
警備員の職はいつも長く続かないのだそうです


伝承が脚色だとして
真実は誰も殺されていないのならば

リナレス宮殿に今でも出没する幽霊は
誰なのでしょうか…