白い息が宙に舞った。



こんな寒い場所に独りでいるヒョンをなんとしても連れて帰らなきゃいけない。
そう思いながら、長く続く石の階段を登っていた。





「…来たね、ギョンス」


「うん、迎えに来たよ___」


玉座に座ったまま僕を見下ろしている、
ミンソギヒョン。




「俺を迎えに?なぜ?」


可笑しそうにヒョンが笑った。



「なぜって…、ここにはヒョン以外誰もいないじゃないか。
こんな寒くて…誰もいない場所にヒョンを独り置いておけない。
さぁ、僕と一緒に行こう」


「……」


「ヒョン?」


「忘れたの?俺の能力を。氷結だよ。一つも寒くない」


「何言ってるんだ…ヒョン」



能力?そんなものがあれば、僕はとっくにこの城を壊してヒョンを連れて帰って…



その時気づいた。
ヒョンの吐く息は白くなかった。



くすくすとヒョンが笑った。



「まぁ、独りなのは間違いないね」


玉座から立ち上がると、ゆっくりと石段を降り僕の目の前で止まった。
ヒョンのチョーカーのオブシディアンが美しく光っていた。




「俺と一緒にいよう、ギョンス」


「え?」


「一緒にいよう、俺と」



そう言ってヒョンが僕を抱き締めた。
そのまま首元に鼻を擦り付けるようにして、深く息を吸った。



「いい匂いがする…ギョンス」


「何言ってるんだよ、ヒョン」


その時、首元にヒョンの唇が触れた。


「ヒョン!」


慌てて身体を離す。


「何…?ギョンス」


ヒョンの瞳がブルーシルバーから濃いブルーに変わった。


「お前を凍らせたら、俺はもう独りじゃないね」




鮮やかに光る青い瞳が僕を捉えたまま、ヒョンは再び顔を近づけた。














「んあっっ!!!!」
自分の出した変な声でギョンスは目を覚ました。



夢!?夢か…



慌てて首元に手を当てる。
噛まれたのか何をされたのか。
それは夢の中の出来事で、もちろん首元は何もなっていない。
それでもギョンスは確認せずにいられなかった。



激しい動悸が続いていた。
強烈な余韻のせいで、朝から汚い言葉が出そうになる。



ベッドの下に布団が落ちていた。
このせいで凍える夢を見たのか。
身体は冷えていたが、パジャマ代わりのTシャツも髪も汗でひどく濡れていた。



ギョンスはベッドから降りるとバスルームへ向かった。






なぜ夢を見たのか心当たりはあった。
昨日移動中の車内でマネージャーのヒョンから、数日前に行われていたミンソクのセンイルパーティーの動画を見せてもらっていた。
氷結の魔王のようなスタイルで可愛らしく愛嬌やチャレンジまで。
さすがミンソギヒョン…なんて思っていた。
ヒョンの誕生日が終わる前に電話を掛けて、直接お祝いの言葉を伝えた。
それだけだった。




青い瞳を思い出し、背筋が寒くなった。
メンバー達が舞台や撮影でカラーコンタクトを付ける姿を何度も見て来ているのに。



「アイシッ…」



結局汚い言葉が出た。





お気に入りのトレーナーを着て鏡の前に立った。
しばらく首元を見つめたギョンスは、もう一度クローゼットへ向かった。









「おー、来たな、ギョンス」



事務所のミーティングルームへ入ると早速チャニョルが声を掛けて来た。


「珍しいな、タートルネックなんて」


ギョンスはその言葉を軽く無視して、席に着いた。



「暑くない?」


「…大丈夫」



実は事務所に入った途端、汗が出そうだった。




__ミンソギヒョンは?

__まだだって。道が混んでるらしい。




それぞれのスケジュールの合間を縫って、グループ活動の打ち合わせのため事務所に集まっていた。
ドラマの撮影中のミンソクは少し遅れているようだった。




ギョンスは席を立つとカフェブースへと向かった。




自販機からコーヒーを取り出した。
特別美味しいわけではないこの慣れた味のコーヒーを啜りながら、ミンソクとどんな顔をして会えばいいのかギョンスは頭を悩ませていた。
それほどまでに夢の余韻は強烈で、いまだに覚めずに残っていた。



「アイスにすればよかった…」



益々汗が出そうだった。



その時、突然手に持っていたコーヒーが消えた。
振り向くとミンソクがギョンスのコーヒーを飲んでいた。



「ごめん。すぐ飲みたくて」



飲み干したカップをゴミ箱に捨てると、ミンソクは振り向いて微笑んだ。



「久しぶり、ギョンス」


「ヒョン…」


「どうした?」


「あ、いや」



大きな一重の黒い瞳。
相変わらずの童顔。


どこが魔王だよ。


顔を見たら、余計な心配だったと気づいた。



「ヒョン、ドラマ撮影大変だろ。お疲れ様」


「いや、大丈夫。楽しいよ」



ミーティングルームに向かおうとしたギョンスの手をミンソクが掴んだ。


ギョンスが振り向いた瞬間、ミンソクに抱き締められた。
一気に今朝見た夢がプレイバックした。



「な、なに!?」


「いや…会いたかったから」


身体を離したミンソクが不思議そうな顔をした。


「なんだよ、固まって」


「そっちこそ!びっくりしたじゃないか!」


「なんで?ハグなんていつもするだろ」


ギョンスの大きな目が益々大きくなっていた。


「ちょっと待って、ギョンス」


ミンソクが再び顔を近づける。


「いい匂いがする」


嘘だろ!?
大きな目が溢れそうだった。


香水も付けず、シャワーの後は制汗スプレーをこれでもかと撒き散らして来たギョンスだった。


「そんなはずは…」


「コーヒーだね。溢した?」


そう言われて慌てて確認するギョンスがミンソクはかわいかった。


「わからないんだけど…」


「行こう、遅れた」


まだセーターのあちこちをチェックしているギョンスにミンソクが声を掛けた。



「ギョンス」


「ん?」


「ありがとう、迎えに来てくれて」


「別に。ただコーヒー飲んでただけだよ。あー、もういい!わかんない!」


諦めたギョンスとミンソクは、並んでミーティングルームへ向かった。
















ミンソクは今朝、不思議な夢を見た。
古びた城の中にたった独りでいる夢。
なぜそんな夢を見たのかはわからない。



センイルパーティーでファンと触れ合い、たくさんの愛を感じたばかりなのに。
楽しい時間だったからこそ、終わってしまった寂しさが夢となったのだろうか。



夢の中のミンソクは孤独で寂しかった。
寂しさに堪えられなくていっそのこと自分を凍らせてしまおうかと思った時、迎えが来た。


ギョンスだった。


目覚めた後の余韻は強烈だった。
すぐにでもギョンスに会いたくて堪らなかった。
今日事務所での打ち合わせのスケジュールがなかったら、狂うかと思った。



ドラマ撮影を終え、マネージャーが運転する車で事務所に向かった。
ソウルの道が混むのは日常なのに、今日だけは少しでも早く着くことを願った。



駐車場に到着するとミンソクはマネージャーを待たずにエレベーターに乗り込んだ。
扉が開くと…目の前に会いたくて堪らなかった人がいた。



ギョンスが持っていたコーヒーを奪い、飲み干した。
そうしないとすぐにでも飛びついてしまいそうだった。



「ありがとう、迎えに来てくれて」


夢の中で。
俺を迎えに来てくれて。


「別に。ただコーヒー飲んでただけだよ」


ギョンスは知る由もないだろう。
夢の中の出来事を。


__そういえば、あのギョンスには笑ったな。




『能力!?しっかりしろヒョン!それは会社が決めたコンセプトだ!!僕にも力はない!!』




ミーティングルームに向かうギョンスの背中を見ながら、夢の中でも現実的なことを言うギョンスを思い出してミンソクは密かに笑った。



ただ、幸せだった。











end.













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2人が見ていた夢は微妙に違うという設定になってます。
そして書き方をいつもとちょっと変えてみました…。(挑戦!)



BLではないはずですが、お先に想像してくださいーウインク


写真お借りしました。